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希う望み

 聞きたいとも聞きたくないとも言えない瑞希に、ジェラルドは気の毒そうな笑みを作った。あたかも気遣うような声音で、しかし確実に弱いところを突こうと畳み掛ける。


 「こやつは酷く不愛想で、言葉も少なすぎる。不安になったことだって一度や二度ではないだろう。苦労しているのではないか?」


 途端、アーサーが僅かに気色ばんだ。口を開こうとする彼を、ジェラルドが視線一つで制止する。

 その一連を見ながら、瑞希はぱちぱちと瞬きを繰り返した。そろそろと俯きかけた顔が上がる。焦げ茶色の目が、真っ直ぐにジェラルドを射抜いた。

 彼の、やけに優しげな声の労わるような言葉は、どう噛み砕いてもしっくり来なかった。言葉の一つ一つは間違っていないはずなのに、繋げられると全くの別人を指しているようにしか思えない。

 しかしその奇妙な不一致が、却って落ち着きを取り戻させてくれた。

 瑞希にとって、アーサーとは頼もしい存在の代表格だ。わかりやすい愛想の良さはなくとも、それとない気遣いができる優しい人。不器用ではあるけれど、それさえ美点とできる誠実さを彼は持っている。

 そう評した瑞希に、アイスブルーの瞳が驚きに丸くなった。ジェラルドの表情から初めて笑みが外れる。

 信じられないと言わんばかりのその顔に、瑞希はさらに言葉を重ねていった。


 「お店でも家でも、いつも助けられてばかりなんですよ。それに、たしかに口数は少ないですけれど、結構わかりやすいですから」


 口に出すと、ただ思っていたよりもずっと気持ちが強くなるのを感じた。同時に、揺らいでしまった自分の覚悟の弱さを恥じる。不安になんてなる必要はないのだ。

 アーサーは言葉は少ないけれど、それ以上に行動で示してくれる。


 ーーだから、待とうと思えたのだ。


 ふわりと、瑞希の表情が綻ぶ。取り繕ったものではない微笑みに、ジェラルドは一瞬息を呑んだ。


 「苦労も不満もありません。もしあっても、一緒に乗り越えていきたい」


 自分一人でできることなんて高が知れている。でも、一人ではないから今まで頑張って来れたのだ。そしてそれは、きっとこれからも変わらない。

 話せない理由があるのだと言っていた。それでも、いつか話すと言ってくれた。嘘は吐かないと約束してくれた。


 だから、今は話されなくてもいい。


 言い切った瑞希にジェラルドは暫し放心していた。鈍い動きで背もたれに体を預け、ほう、と溜息とも感嘆ともつかない息を吐き出す。やがて自分という感覚を取り戻すと、彼は感心したようにアーサーを見返した。


 「唐変木の朴念仁が、良い伴侶を見つけたな」

 「ええ。自分にはもったいないくらいです」


 自慢げなその返答にジェラルドが大笑する。

 瑞希は思いもよらない訂正なしの肯定に驚愕していた。その耳元に、アーサーが「本心だからな」と低く囁く。酒のせいでなく薄く色づいた目元に、恥ずかしさと嬉しさとで一気に顔が熱くなるのを感じた。

 おろおろと視線をうろつかせる瑞希に、ジェラルドが微笑ましそうに笑みを深くする。凛然としていた美しさは何処へやら、今の彼女は小動物のような可愛らしさがあった。

 

 「無礼を詫びよう。愚息だが、どうかよろしく頼む」


 ジェラルドは温かな慈愛の宿る目を彼女に向けた。冷たかったアイスブルーに、今は温かみを感じられる。


 (認めて、もらえた……?)


 ゆるゆると遅れてやってきた実感に、瑞希は胸が熱くなった。

 ありがとうございます、と泣き笑いの表情で礼を言われて、ジェラルドが困ったように苦笑う。


 「少しやり過ぎてしまったか」

 「大分、やり過ぎたんですよ」


 よくも白々しいとアーサーが毒づく。けれど瑞希にハンカチを宛てがう手はひどく優しく丁寧で、ジェラルドはやれやれと肩を竦めた。


 「信頼と猶予に胡座をかくでないぞ。お前はこれからいっそうの精進を重ねるべきだ」


 それをゆめゆめ忘れるでないぞ、と釘が刺されたところで、不意に、控えめなノックの音が人の(おとな)いを告げた。応えると、従業員がワゴンカートを押して中に入ってくる。当然のようにそれぞれの前に料理が並べられ、新しいグラスにはワインが注がれた。


 「さて、冷めないうちに食べてしまうか。その後で、改めて孫の顔を見せてくれ。このままでは祖父の立場があやつに取られかねん」


 それは何としても阻止せねば、と対抗意識を燃やす相手はダグラス老だろうか。

 意気込みを見せるように切り分けたソテーを大きく頬張ったジェラルドに、瑞希は目頭が熱くなるのを感じながら、喜んでナイフとフォークを手に取った。

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