植物園にて
ガラス越しの空が鮮やかな茜色に染まっている。
武術大会が終わり観戦に来ていた人々が次々と帰路に着いていく中で、瑞希と子供たちは王城内の植物園に来ていた。アーサーが実家に挨拶がてら代わりの剣を取りに行くので、しばらくここで帰りを待つことになったのだ。
現在は薄暗くなってきたためガラス張りの温室内にいるが、まだ日が傾く前に見た温室の外は、噴水や花壇、花木で作られた生垣やバラのアーチなどに囲まれていて、まるで童話の世界のような美しい光景が広がっていた。
「ディック、残念だったわね」
子供をあやすように木肌を撫でながらルルが呟く。
そうねぇ、と肯定とも否定ともつかない相槌を打ちながら、瑞希は別れ際のディックの様子を思い出した。
アーサーの剣を打ち直して試合に臨んだディックは、そこで怒涛の勢いを見せた。上位戦は選手十名による総当たり戦だったのだが、その中でも特に観衆を沸かせたのは間違いなくディックだ。彼が一度剣を振るえば歓声が上がり、急ごしらえの物を使っているとは思えないほどの戦いぶりで以って観客を魅了していた。
けれど、そのディックも残念ながら優勝することは叶わなかった。彼が敗戦を喫したのは僅か二試合。その勝者の二人が優勝と準優勝を収めたのだ。とはいえ三指に入ったその戦績はダグラス領史上最高記録らしく、ダートンたちは大喜びでディックの健闘を言祝いでいた。
剣を紛失させた犯人は、どうやら参加者の中にいたらしい。それが誰だったのかは本人たち以外知り得ないが、すっきりしたディックの顔を見れば正々堂々試合の内で片を付けられたことは察せられた。
しかしそれでも、大好きな兄貴分の優勝する姿を見たかったという気持ちには変わりないらしい。双子はきゅうっと眉を下げて、つんつんと手慰みに花壇に植えられた草を突いた。薄紅色の小さな花を咲かせるそれが、たちまち開いていた葉を閉じて、頭を下げるように垂れ下がる。ぱちぱちと瞬きするくりくりとした目が、興味深そうに閉じたままの葉を見つめた。
「オジギソウよ」
「おじぎそう?」
瑞希が口にした植物の名前を、二人が舌足らずに復唱した。垂れ下がる様子がお辞儀をしているみたいでしょ、と付け加えると、言葉と動作が結びついたらしい。オジギソウ、ともう一度繰り返したそれは、先ほどよりもはっきりとした口調だった。
ライラはまた開いた葉を突いて少し遊んでいたが、カイルは他にも珍しい植物がありそうだと好奇心を露にして、この植物は動くだろうかと手当たり次第に触ろうとしていた。目に見えて棘のある物にはさすがに触ろうとはしないのだが、中には産毛のような細かい棘を持つものもあり、それに手を伸ばそうとした時にはルルが慌てて止めていた。
(アーサーは、今頃ご両親と話しているかしら)
別れ際にはすぐに戻ると言っていたが、八年越しの再会なのだ。積もる話もあるはずだと、むしろ話し込んできてほしいとさえ瑞希が思っていたところに、出入り口の方から小さな物音が聞こえた。
新しい訪問者か、アーサーか。
立ち上がり音のした方を見て、瑞希は驚きに目を瞠った。




