足音
昼食兼宴会も終わり、ディックは一人控室に戻った。その時双子が少し拗ねていたのだが、「頑張ってくるから、応援してくれよな」という兄貴分の一言であっさりと機嫌を直し、一番大きな声を出すと意気込んで大人たちをほっこりとさせた。
アーサーにじゃれつく双子に心を和ませながら、一行が観客席への道を辿る。
鍛冶師たちは一見してわかるほど顔を赤くして酔っぱらっているのだが、不思議と足取りはしっかりしていた。中でもオーウェンは顔色も全く変化が見当たらず、へべれけになってしまった先輩鍛冶師の世話を焼く余裕まで見せている。それを不思議に思って見ていると、視線に気づいた本人に訝しげな目を向けられた。
「どうかしました?」
「ごめんなさいね、不躾に。みんなわかりやすく酔っぱらっているのに、オーウェンさんはいつも通りに見えたから、つい」
「ああ。そりゃ、酒は飲んでないですからねぇ」
あっけらかんと言い切ったオーウェンに、パチリと瑞希が一つ瞬く。彼は物慣れた様子でからからと笑った。
「先輩たちが泥酔するのは目に見えてたんで。介抱も下っ端の役目なんですよ」
さも面倒くさそうにオーウェンが嘯く。けれど、どこか楽しんでもいるようで彼らの仲の良さが伺い知れた。
あらら、と小さく笑いを零した瑞希に、気を良くしたらしい彼がさらに話を続ける。
「仕事終わりとかにね、よくご馳走になるんです。若い奴は驕られとけ、って。それはすっげぇ嬉しいんですけど、先輩たちを家まで帰らせるのはいっつもオレらの仕事で」
オレら?
瑞希が僅かに顔を上げる。右上のオーウェンは失言したと口元を手で覆っていた。ちらりと彼の目が瑞希を見下ろし、やがてへにょりと眉を下げる。
聞かなかったことにしてくれないかと表情で語るオーウェンに、瑞希はにっこりと笑顔で否を突き付けた。普段の陽気な彼の顔がわざとらしく悲しげになる。面白いわね、と肩口で零したルルに、瑞希は否定も注意もしなかった。
観念したオーウェンが小さくディックだと答える。がしがしと頭を掻きむしる仕草は、ダートンにもディックにもよく似ていた。
「そういうところ、三人ともそっくりですよねぇ」
「…………ミズキさんって、意外と意地悪いんですね」
恨めし気な眼差しとともに向けられた言葉はほとんど負け惜しみだった。けれどその程度、瑞希には何ということはない。ころころと鈴を転がすような声で笑われて、オーウェンは悔しそうに鼻を鳴らした。
「もう反対してないなら素直に応援してあげればいいのに」
変なところで意固地ねぇ、とルルが率直に指摘する。
それを間違っているとは思わないが、素直になりたくてもなれないのだろうと瑞希は推察していた。
でも、この分なら――。
そう思いかけたところで、背後からバタバタと忙しない足音が響いてきた。
「んぁ? なんだ、何事だ?」
「おーい、そこの兄ちゃん。どうしたよ、そんな血相変えて」
呂律の回りきらない口調で鍛冶師たちが緩慢に振り返る。瑞希たちも人垣の間から覗いてみると、たしかに年若い兵士が顔を青ざめさせて走ってきていた。
「あのっ、ダグラス領の方ですよね⁉ ディック選手の身内の!」
「あぁ? そりゃそうだが……なんだってんだ、藪から棒に」
強面に渋い色を浮かべたダートンに、兵士は怯む様子はなく、けれど血の気が引いたままの顔でそれどころじゃないと早口で捲し立てた。ただならない様子に、思わず周囲で顔を見合わせる。
「とっ、とにかく一緒に来てください!」
「はぁ? おい、うちの倅に何があったんだ?」
「実際来てもらった方が早いんです!!」
もはや問答さえ手間とばかりに、ダートンの後ろに回り込んだ兵士が自分より大きなその背を強く押す。ダートンはもちろん、その場の誰もが理由もわからず、兵士に言われるがまま参加者用の控室へと足を動かした。




