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食堂にて

 「ディックの健闘に~ぃ、カンパァ~イ!!」


 もう三度は繰り返されている乾杯の音頭に、当の本人は困ったように笑うだけだった。その両脇にはへばりつくように抱き着くライラとカイルがいて、頭の上には当然のようにルルが座っている。彼の祝いの席だというのに、本人も知らず子供たちを一手に引き受けることになっていた。

 オーウェンはまた席の端に座っていたが、実際に試合する姿を見たからこそ健闘を祝う気持ちが湧いたのだろう。意地でもディックの方を見ようとしないが、乾杯の音頭が上がるたびに手持ちのグラスを控えめに浮かせているのを瑞希もアーサーも目撃していた。

 ディックの上位戦への進出が決まり、アーサーの勧めもあって下級兵士用の食堂で昼食を摂ることになったのだが、ダートンたちは身内の活躍がよほど嬉しいらしく、彼と合流して早々、飲めや歌えやの大騒ぎを始めたのだ。真っ昼間から何杯もジョッキを煽り、赤ら顔をしていながらまだ酒を止める気配がない。身内のこととはいえ、傍観に徹したくもなるだろう。

 しかも、同じように騒いでいる団体は視界に入るだけでも三つはあり、その中心だろう上位戦進出者たちもディックと同じように苦笑いしながらも止めることなく受け入れている。

 そろそろ注意が飛んできてもおかしくないほど騒いでいるというのに、もともとここを利用している下級兵士と思しき人物たちや給仕の女性たちもそれらを迷惑そうに見ることはなく、むしろ懐かしむような微笑ましげな様子で見守ってくれているため首を傾げる瑞希に、アーサーが訳知り顔で教えてくれた。


 「こういう騒ぎは毎回のことだからな。城下で騒がれるよりは、と此処に誘導するんだ」


 それに同意するように、通りがかった給仕が笑顔で肯定する。この騒ぎでも聞こえていたらしい隣席の兵士たちにも同意された。


 「オレらも、つーか下級兵士は大概が武術大会からの成り上がりだからなぁ。他人事とは思えないっていうか」

 「そうそう。それに、これのおかげで食堂の飯もいつもより豪華になるから、むしろ大歓迎なんだよな」

 「まぁっ! いつでも美味しいご飯をお出ししてるでしょうに、ひどい言い草だわっ」


 軽快な掛け合いが始まったかと思えば、彼らはまた楽しそうな笑い声を響かせる。大らかすぎる人たちに、瑞希は驚きを通り越して感心していた。


 「所変われば、とは言うけど…………こういうのって、注意するんじゃないの?」

 「祝い事なのに?」


 間を置かず切り替えされて、言葉に詰まる。それはそうなんだけど……、と口ごもる瑞希に、意地悪が過ぎたとアーサーが軽く謝罪した。


 「この国はもともと懐が広いというか、祭り好きな気質の人間が多いんだ。街の者たちを見ていてもそれはわかるだろう」

 「あぁ……ええ、そうね。言われてみればそうだわ」


 瑞希にとって祭り好きと言われて連想するのは妖精たちだ。彼らは何かにつけて宴会を催すが、そういえば人間にもその気質は当てはまる。フェスティバルの時然り、ディックの予選勝ち抜け然り。もっと言うなら、瑞希が《フェアリー・ファーマシー》を開店した時にもその気質は発揮されている。

 てっきり街の人たちが特別大らかなのかと思っていたのだが、そもそもの国民性だったようだ。

 改めて騒ぎに騒ぐ人々を見てみれば、初めて顔を合わせるはずの者とすら祝杯を挙げる姿がちらほら見受けられる。酒こそ飲まないが他の参加者たちや下級兵士たちも交じり、複数に分かれていた団体がだんだんと一つにまとまりだしていた。


 「……ミズキは、こういうのは嫌いか?」


 低い声音に問われて、瑞希は即座に首を振った。


 「素敵だと思うわ」


 それは瑞希の嘘偽りない心だった。

 自ら交じることはないがにこにこと曇りのない笑顔で喧騒を見守る瑞希に、アーサーが柔らかく口元を綻ばせる。愛しさと誇らしさを湛えた黒の双眸が、賑やかな食堂内を一巡した。

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