進退
軽い荷物を手に観客席に戻ると、先に帰ってきていたダートンたちに出迎えられた。なんでも彼らは一時間もしないうちに完売し終わって他の参加者たちの試合を観戦していたらしい。入れ食い状態であっという間だったぞ、と笑いながらずしりと重い巾着袋を渡された。
その中からディックの時給を参考にしていくらかの硬貨を取り出し、「裸で申し訳ないですが」と言い添えて渡す。
「ご協力ありがとうございました。少ないですがお礼です」
あまり多くはないんですけど、と申し訳なさそうな瑞希に、そう気にしなくとも、とダートンがガシガシ後ろ頭を掻く。
これは押し問答になるかと一瞬危ぶんだ瑞希が先手を打って「お礼ですから」と重ねて強く言うと、それならと躊躇いがちになりながらも受け取ってくれた。
「しっかし、問題はこの先の試合だなぁ。どんどん激しくなってる。ここまで残った奴には、そりゃあ領主様やお貴族様から声もかかるだろうな」
それはつまり、ディックにもその可能性があるということ。年嵩の鍛冶師たちはそれを心底喜ばしく思っているようで、本当に和解したのだと瑞希は安堵したが、全員が全員そうではない。
密かに様子を盗み見たオーウェンは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。しかし、心のどこかではディックの活躍を喜ぶ気持ちもあるのだろう。厭うばかりにしては柔らかい表情をしていた。
次の一試合が終われば、昼休憩を挟んで上位戦に突入する。現在残っているのは十五人。そのうち五人はすでに午後の上位戦進出が決まっている。空いている椅子はあと五つ。――ディックは、勝ち残れるだろうか。
不安交じりに見下ろした広場にディックが姿を現す。カイルとライラは鍛冶師に抱えられて、ぶんぶんと大きく腕を振っていた。
見合った両者が剣を引き抜く。審判が赤い旗を振り下ろし、瞬間、大きな金属音が一体の空気を揺らした。
重い甲冑を身に纏っているとは思えないほど素早く身軽な動きで二人が切り結んでは距離を取る。怒号にも思えるほどの歓声を浴びながら、二人は互いにだけ意識を集中させていた。
数度は鎧に剣が当たるが、決定打には成りえない。少なからず衝撃や痛みは感じているはずなのに、興奮が痛覚を鈍らせているのか物ともしないで競い合っていた。
あまりの激しさに、轟音が一つ響く度にライラの肩が跳ねる。カイルも、怯えこそしないもののあまりの気迫に尻込みしていた。
瑞希とルルも、観戦はやめないがはらはらと心配を募らせていく。水分を摂るなりして気を紛らわせればいいのに、それもできないでただ気を揉んだ。
ふいに、ぽんと肩に手を置かれる。瑞希の体が大きく跳ねて、ころりとルルが膝に転げ落ちた。
「いったぁい!」
「あああっ、ご、ごめんねルルっ」
ひそひそと声を潜ませながらも慌てた瑞希が謝る。ルルはぷっくりと頬を膨らませて水気のある目で元凶を睨みつけた。ぶつけたのか赤くなった鼻頭と相俟って、正直迫力は全くない。
「す、すまない。そんなに驚くとは思わなかった」
「もうっ、次はただじゃ置かないんだからねっ!」
ぷりぷりと少し大げさな怒り方をするルルに、アーサーがたじろぎながらも神妙な顔をして深々と頷く。すまなかった、と殊勝な態度をとる彼に、ようやく気が済んだのかルルがふんっ、と鼻を鳴らした。
途端、わっと周囲が湧いた。驚いて広場に目を戻せば、ディックと試合していた選手が自身の手を抑えて背を丸めている。その足元には持ち主を失った剣が静かに横たわっていた。
「勝者! ダグラス領、ディック!」
赤い旗を振り上げた審判が声高に叫ぶ。
ディックの上位戦進出が確定した瞬間だった。




