縁
「カイル、ライラ。二人とも、起きて」
互いにもたれ合って眠る双子を優しく揺り起こす。浅い眠りだったのか寝起きの悪いカイルもすんなりと起きて、すっかり荷物のなくなった店先を見てあれ? と小さく首を傾げた。
「母さん、お薬は?」
「もう全部売れちゃったわ。二人が頑張ってお客さんを呼んでくれたおかげね」
ほわりとした瑞希の柔らかな笑顔に、そうなのかとカイルはそのまま受け入れた。
王城に戻る支度はもうできているようだ。ルルを肩に座らせ、カイルとライラの手を引いて瑞希が場所を貸してくれた男性にお礼を言いに行く。彼女に倣うように双子もぺこんと頭を下げると、男性はにっかりと気前のよさそうな笑顔で二人の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「まだちびっこいのに、働きもんだなぁ。こりゃ将来が楽しみだ」
「自慢の子供たちですから」
我が子を褒められて、瑞希が満面の笑みを浮かべる。アーサーも、表情の変化は乏しいがなんとなく自慢げにしているように見えた。
瑞希がいくつか男性と言葉を交わし、それから巾着袋から硬貨を数枚取り出す。備品を借りたから、とレンタル料を渡すつもりだったのだが、男性の方からそれを固辞された。
「オレは売るモン売れて十分懐は温まったし、飯の間の荷物番をしてもらったようなもんだ。これ以上は受け取れねぇよ」
「でも、それでは……」
「いいんだって」
男性は瑞希の言葉を遮り、その代わりにと別のことを要求した。
「あんたらの名前と、店の場所を教えてくれよ。そんで、もしオレが仕事のついでにアンタの店に立ち寄った時にはちぃっとばかし負けてくれねぇか」
どうだい? とあくまでも相手の意向を優先する姿勢を見せる男性に、駆け引きが上手いのか否かはさておき、愉快な人だと瑞希は好印象を抱いた。意見を伺うようにアーサーとルルに視線を投げれば、両者から異存はないと頷きで以って返される。
それならば、と瑞希は威儀を正し、改めて男性に向き直った。
「改めまして、ダグラス領で《フェアリー・ファーマシー》という薬屋を営んでおります、ミズキ=アキヤマと言います」
しっかりと腰から折って頭を下げる瑞希に、男性の目が大きく見開かれる。ぽかんと空いて塞がらない口に、ルルがきゃらきゃらと高い声で笑った。アーサーは彼の心情を察して反応を抑えていたが、眼差しには多少の憐憫がこもっていた。
「あ、んたが……あの? 大手柄立てたっていう?」
「私一人で成し得たことではないんですけどね。アーサー……彼や子供たちや、他にもたくさんの方にご協力頂けたおかげで、有り難い評価を頂きました」
今話題の人物でありながらあくまでも謙虚な姿勢を崩さない瑞希に、男性はまだ信じられない心境そのままの表情で彼女を見下ろした。ぱっちりとした目鼻立ちは幼げに見えるが、中身は随分と大人びているらしい。驕らない態度にも好感が持てた。
どうやら自分はかなりの当たりくじを引き当てたらしい。遅まきにそれを理解した男性は顎を撫で、にいっと口角を吊り上げた。
「そういう縁には、是非ともオレも混ぜてほしいもんだな。名乗りが遅れたが、テオドールだ。ロンネルバルト領で、普段はブドウ農家をやってる。馬車の御者はその副業だな」
テオドールの名乗りに関心を示したのはアーサーだった。
ロンネルバルトといえば、たしかブランデーの産地として有名な領だったか。まだこの世界に来たばかりの頃、集落への手土産にとアーサーが買ってきたブランデーもその領の刻印が押されていたと記憶している。
それに間違いはないようで、アーサーは関心の向くまま話を掘り下げていた。テオドールの家はブランデー造りが主流だが、ワインも身内で楽しむ程度に作っているらしい。ほとんど市場には回らないらしいが、この分だと取り寄せるだろう。テオドールの話を聞いているアーサーの関心は弱まる気配を見せない。
「アーサーったら、すっかり夢中になっちゃってるわね」
「……まぁ、いいんじゃない? 好きな物に対してなら、きっとみんなああなるわよ」
ルルにはそう言うけれど、普段の寡黙さはどこへ行ったのやらと、瑞希は呆れ半分になりながら彼らの話の行く末を見守った。




