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言葉

 子供たちが休憩に入ってからも、すでに人垣ができていたこともあったので客足は然程変わらなかった。直接質問に受け答えするので一人一人との時間が長くなったが、納得して買ってもらえるなら大した誤差ではないだろう。

 入れ替わり立ち替わり来る客に笑顔は絶やさないで対応していると、赤切れした手が傷薬の軟膏二瓶を取り上げた。腕を辿って視線を上げれば、中年層の女性が代金を差し出している。それを両手で受け取って会計は終了なのだが、多少客足が和らいだのを見越してか、彼女は瑞希に話しかけてきた。


 「あんたたち、王都の人間じゃないんだってね。何処の領から来たんだ?」

 「ダグラス領です」

 「ああ、あの(・・)! 噂には聞いてるよ。なるほど、だからせっかく観戦に来たのにこうして仕事してるわけかい」


 納得納得と頻りに頷かれて、瑞希は噂? と首を傾げた。観光先で仕事していることに納得されるような噂とは、果たしてどんなものだろう。

 噂について、初めは予選開始前に頂いた功労賞のことかとも思ったが、露店商を開始してからは瑞希もアーサーたちも、《フェアリー・ファーマシー》については一度として口外していない。

 となると、噂というのはダグラス領に居を構える薬売り全般に囁かれていることになるのだが、はるばる王都にまで届くような大それた物事にはてんで心当たりがなかった。

 不可解そうな瑞希に、おや、と相手が数度目を瞬かせる。


 「あんたたちは協賛してないのかい? スポーツドリンク」


 アタシも一度でいいから飲んでみたいんだよねぇ、と何も知らないで口に出す女性客に、瑞希はやっと合点がいく。

 それと同時に、悪評ではなかったと確信してそっと胸を撫で下ろした。


 「私の店でも販売してますけど、突発的に露店商をすることになったので準備も何もしてなくて」


 お渡しできなくて申し訳ないと下手に出る瑞希に、女性客は今後の楽しみにとっておくと大らかに笑って流した。

 そう長くはお待たせしない、と心の中でだけ呟いて、露店市場に背を向けた彼女を見送る。

 それからテントの様子を窺うと、人目から離れたことで疲れが出たのだろう、双子がうつらうつらと船を漕ぎ始めている姿が目に入った。周囲の喧騒がなければとっくに丸くなって寝ていたかもしれない。


 (この勢いにも大分慣れてきたし、残りも少しだから……まだ寝かせててもいいかしら)


 瑞希自身はまだ体力的にも余裕があるし、露店商が終わったら観客席で応援に勤しむだけだから休憩を取らずとも問題はない。

 そうすると、現状で気にするべきはアーサーだ。

 ちらりと横目に様子を窺えば、相変わらず言葉や表情の変化は少ないものの、会計作業の上では問題ないし、客の話にも聞き役に徹して適切に相槌を打っている。

 店では直接客と接することは多くないため些か心配もしていたが、相手客の様子から察するに、杞憂に過ぎなかったようだ。

 まだ客が支払いに来そうにないことを確認して、瑞希が膝這いでアーサーとの距離を詰める。


 「アーサー、休憩どうする? 今からでも取る?」

 「いや、水分補給はしているから問題ない。…………それに、俺が入っていったら起きるだろう」


 少しの間を開けて思い出したように「ミズキは?」と問い返されたが、瑞希もアーサーも考えは同じなのだ。苦笑を一つ浮かべれば察してもらうことは容易だった。


 「残りは?」

 「傷薬が十二と、湿布薬が八だ」

 「傷薬が四と、湿布薬が一よ。売り切るまであと少しね」


 合わせて傷薬十六瓶と、湿布薬九瓶。思っていたよりも早く売れているようだ。アーサーの方の薬を引き取って数を合わせ、ついでに、ともう何度目とも知れない釣り銭の確認をする。袋の中を手で探って枚数を確認して概算し、過不足がないかの確認もした。

 日本には古くから「一銭を笑う者は一銭に泣く」という言葉があったが、この国でもそれは変わらない。特に瑞希たちのような自営業は売り上げから税金を納めるため、金銭のやり取りにはより慎重になるのだ。十デイルを笑う者は十デイルに泣くのである。


 「うん、さすがアーサー。ぴったりだわ」

 「それは何より」


 珍しく軽口を叩くアーサーに、ころころと瑞希が笑う。

 次の客が来るまでの暫しの間、二人の細やかな戯れが続いた。

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