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出張!《フェアリー・ファーマシー》

 「いらっしゃいませー!」


 カイルとライラの声が響く。客の呼び込みは双子の担当だ。二人のサポートはルルが務めてくれている。アーサーと瑞希は二手に分かれて商品の梱包と会計だ。

 瑞希たちが薬を売り始めると、興味を持って足を止める者が続出した。薬売りたちの腕の負傷は地元民の耳にも入っているらしい。どんな薬があるのかと確認しては、また別の露店へと足を向けていった。

 買っていくのは大会に参加した本人かその身内のようで、彼らは一様に手に入ってよかったと安堵の表情を浮かべて去っていった。

 中には瑞希たちを疑う客もいた。本当に薬売りなのかと、そもそもを疑われることも少なくなかった。

 しかし今回薬作りに使用した薬材は幸いにして瑞希のみならずカイルやライラも自ら育てている馴染み深い物ばかりだったこともあり、対処は実に簡単だった。

 基本的には使用した薬材やその効能を説明していけば納得してくれるのだが、中でも一番の効果を見せたのは双子による説明だ。しかも、ルルの言葉の復唱ではない。幼い子供の口から淀みなく出てくる説明に、受けた客たちは初めひどく驚いていた。

 しかしそれが却って日頃から薬に慣れ親しんでいる証明に思えたらしい。やがては安心した顔になって、ほくほくと薬壷を手に帰っていった。

 いつもより客との距離が近いからか、自分で説明できたという自信がつくからか、回を重ねるたびにカイルとライラの笑顔が明るさを増していく。すると呼び込みの声にもより感情が乗って、足を止めていく者が増え、また薬が売れていった。

 露店商開始からまだ一時間も経っていないだろうが、早くも三分の一が売れている。元の数が多くないことを抜きにしても好調といって過言ではない売れ行きだ。この調子なら、薬材を売ってくれた男性の予言通り売り切るまでに時間はかからないだろう。王城にも次のディックの試合までに余裕を持って戻れそうだ。


 「ミズキ、銅貨はあるか? こちらの釣り銭が切れそうなんだ」

 「ちょっと待ってね……十デイル銅貨? 百デイル銅貨?」

 「両方だ。十デイルを多めに頼む」

 「はぁい」


 硬貨毎に分けた小袋から指定された通りに銅貨を渡し、釣り銭の残りを確認する。急な行商なので準備が心許ないのだ。購入の際はできるだけ釣り銭の出ないように協力をお願いしているが、それでも売り切るまで持つか少々不安があった。


 (まだ両替を頼むほどではないと思うけど……お店でも釣り銭切れには気をつけなくちゃね)


 日頃の準備の大切さをひしひしと感じながら、客から代金を受け取り商品を受け渡す。また薬が一つ減り、銀貨と銅貨が増えた。

 そして客の足が途切れた隙に、今度は商品の在庫数を確認する。傷薬の軟膏はまだ余裕があったが、予選も本戦も刃引きした剣を使うため打ち身の湿布薬は減りが早かった。

 売れ残るとしたら傷薬か。常備薬の一つだから、ここの薬売りたちに買い取ってもらうにしても嫌な顔はされないだろう。

 ふむと一つ頷いて子供たちの様子を伺えば、まだまだ元気そうにしてはいる。が、強い夏の日差しに加えてこの熱気だ、そろそろ一息吐かせた方が良いかもしれない。


 「カイルーっ、ライラ―っ」


 口元に手を当てて声を張れば、ピクリと反応を見せた子供たちが小走りで駆け寄ってきた。


 「なぁに、母さん、お手伝いっ?」


 弾んだ声音で聞いてくるカイルの腰辺りに、ぶんぶんと揺れる尻尾が見える気がする。口には出さないもののライラも期待するような眼差しで見てくるので瑞希は苦笑を堪えきれなかった。

 ぽすんと二人の頭に手を置いてみると、不思議そうにしながらも嬉しそうな顔で二人の目が細められる。


 「ミズキ、何か用があるんじゃなかったの?」


 呆れたように指摘されて、瑞希ははっと我に返った。ごまかすように頬に手を当てて、コホンと咳払いして気を取り直す。


 「三人とも、ずっと頑張ってくれてたでしょう? そろそろ休憩してもらおうと思って」

 「えー? まだ大丈夫だよー」

 「ライラも、まだ平気」


 もうちょっと、と変な駄々をこねる双子に、瑞希は「だぁめ」と突っぱねる。


 「日影がない分、お店よりずっと疲れてるはずなんだから。ちゃんと休んで、それからまた手伝ってほしいな」


 お願いできる? とあくまでも二人の協力を求めるように聞けば、カイルもライラもしきりに首を縦に振った。休憩のはずなのに何故か張り切っているように見える。ぱたぱたと奥のテントにかけていく小さな背中を、瑞希は本当にわかっているのかと聞きたくなるのを笑顔の下で堪えて見送った。


 「ルルも休憩よ。二人のお姉さん、お願いね」

 「わかってるわよ~」


 間延びした声で言って、ルルもひらりとテントへ飛んでいく。


 (さて、しばらくは私も頑張らなきゃね)


 自分で呼び込むのは久しぶりだが、気分は不思議と高揚していた。この仕事も随分と板についてきたということだろうか。そう思うと俄然やる気も増しに増して、瑞希の顔に勝気で挑戦的な笑みが浮かぶ。


 「いらっしゃいませーっ!」


 笑顔のまま声を張った瑞希の姿を、アーサーは懐かしい気持ちで見ていた。

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