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商談

 十人以上で輪になって地べたに座り込み、ディックの出番になれば作業を一時中断してひたすら応援に全力を注ぐ。材料や小壺が少なくなればまた調達してきては、また薬作りに勤しんだ。

 傍から見れば異様な光景に映るのだろうが、当事者としては常識的行動と非常識的行動の切り替えはなかなか悪戯心を擽られるものがあった。

 そうして大量生産した薬たちは、原材料費に少し色を付けた価格で提供することで話がまとまった。鍛冶師たちからは安くないかと言われたが、今回作った薬は加熱処理や濾過などといった工程がない原始的な調剤法で作っているため効き目が普段販売している物よりやや劣ってしまうのだと言えば納得された。

 完成した薬の一部は鍛冶師たちに選手たちの許へ届けてもらえるようにお願いして、残りは瑞希たちでまず城下の薬売りたちに売る。その後に、噴水広場の露店市場で販売する予定だ。

 人手としては逆の方がいいのではという声もあったが、初心に帰るいい機会だからと瑞希から断りを入れた。

 店舗を構えてからは毎日多くの人が商品を買っていってくれるが、買ってもらえることが当たり前ではない。いくら売れ筋の商品を用意したところで、接客態度が悪かったり相手の信用を得られなければ買ってもらえない。それを改めて確認して、今後に活かしていこうと考えたからだ。

 根っからの職人気質な鍛冶師組はそんなものかと他人事のように聞いていたが、彼らの場合は製作と販売で完全に分業されているからだろうと、瑞希もまた他人事のように感じていた。

 ディックは日々の訓練の成果がしっかりと表れているようで、多少苦戦することはあれど順調に攻め込み、順調に試合を勝ち進んでいた。もともと見目も良いから年若い女性陣には一層好評のようだ。自分より大柄で筋骨隆々な対戦相手には一切気負う様子もなく突っ込んでいくのに、高く黄色い声が上がるたびに(おのの)いていた。

 そんなディックのどうにも締まらない試合をいくつか見届けてから、瑞希たちは一斉に動き出した。

 がちゃがちゃと陶器同士のぶつかる音を響かせながら再度城門にやってきた瑞希たちに衛兵は怪訝な顔をして手荷物の確認を要請してきたが、中身を見せつつ説明すると礼とともに快く見送ってもらえた。

 急ぎすぎて壺を割らないように留意しながら、近場の薬売りの店から順に炎症を抑える薬を売っていく。この時にはさすがに身元を明らかにすると、人伝(ひとづて)に《フェアリー・ファーマシー》の評判を耳にしていたらしく比較的友好的に対応してもらえた。そのうちの何人かにスポーツドリンクの話を振ると、快癒した暁にはと承諾してもらうこともできた。もし売り残したら自店で買い取ると言ってくれる所もあり、その時は是非と有り難く申し出を受けて店を後にした。

 そして、今度は露天市場を訪れる。薬材を売っていた男性はまだ閑古鳥を鳴かせて退屈そうにしていたが、両腕に荷物を抱えて現れた瑞希たちを見つけて呆気に取られていた。


 「なんだい、嬢ちゃんたちも何か売るのかい?」

 「はい。薬を」

 「あぁ? 俺を見てわからんかねぇ、作り手がいなけりゃ売れる物も売れねぇんだよ」


 やれやれと説教じみた口調の男性に、そうですねぇと瑞希は暢気そうな声音で返す。それが癪に障ったのだろう、男性は眦を険しくして瑞希を一瞥した。


 「さっき買っていってくれたことには感謝してるがな、それ以上はねぇぞ」

 「ええ、もちろんです。ここからは商談とさせてください」

 「商談だぁ?」


 何を小生意気に、と男性の目が険しさを増すが、瑞希は平然と微笑を浮かべてそれを受け止めていた。

 食えねぇ嬢ちゃんだ。男性が呟く。


 「そんなら商談といこうじゃねぇか。今度は何を、どれだけ買ってくれるってんだ?」


 どうせ大した量ではないだろうと高を括った態度の男性に、瑞希は笑みを深めて言った。


 「先ほどと同じ薬材を、今並べられていない分も合わせてあるだけ全部。――売っていただけますか?」


 瑞希の微笑みの中に、無視できない強い感情があった。一瞬気を飲まれた男性が、鼻で笑おうとして失敗する。強い言葉を向けられたわけではないのに、彼女を疑う気さえ起きなかった。


 「売るのは構わねぇが、あれらしか採って来なかったから結構な量があるぞ」

 「むしろ有り難いですね」

 「そんなに買い込んで、いったいどうするってんだ」

 「あら、言ったじゃないですか。売るんですよ、薬として」

 「……薬?」


 ようやく、男性は違和感に気が付いた。

 瑞希はにっこりと朗らかな笑みを浮かべている。その後ろでは悪戯っ子のように笑う双子と、やっと気が付いたのかと言わんばかりの呆れ顔をした青年がいた。

 そして全員が両腕に抱えているのは、かちゃかちゃと陶器同士のぶつかる高くも硬質な音。

 男性の口から自嘲にも似た笑いが一つ溢れた。


 「ほんっと、食えねぇ嬢ちゃんたちだな」

 「褒め言葉として頂きますね」


 皮肉った言葉もさらりと受け流す瑞希に、見た目にそぐわず強かなモンだと男性が内心舌を巻く。

 ふと彼女の連れが気になって視線を動かせば、目があった青年――アーサーと目が合った。

 何を言うでもなく肩を竦めてみせた彼に、男性はなんとなく二人の関係性を悟る。


 「俺はもう売り切ったしな、早めの昼飯にでも行ってくる。アンタらはこのスペースで売るモン売っちまえ。物は好きに使ってくれていいからよ」

 「いいんですか?」

 「おー。どうせ売り切るのに大して時間はかからんだろう。のんびり食って、ついでに土産でも買ってから戻ってくるさ」


 どっこいせ、と億劫そうに立ち上がった男性が、手をひらつかせながら立ち去っていく。やがて人混みに紛れて見えなくなったところで、瑞希は明け渡されたスペースを見下ろした。

 陳列に呼び込み、そして会計。やることはたくさんある。


 「――よしっ。みんな、お手伝いよろしくね」


 瑞希の呼びかけに、四つの返事が重なった。

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