似た者同士?
時間にはゆとりを持って行動していたつもりだったが、思いの外手間取ってしまっていたらしい。瑞希は大慌てで荷物をまとめると、急ぎ足で王城の門を潜った。衛兵に向けられた微笑ましげな顔に軽い羞恥心を覚えながらも足は止められず観客席に飛び込むと、慌ただしい物音に鍛治師たちに何事かという顔を向けられた。
「おう、お帰り。遅かったな」
いち早く我に返ったダートンが意地悪く揶揄う。それから瑞希の抱える荷物を見つけて闊達に笑った。
「随分買い込んだなぁ。そんなに目欲しい物があったのか?」
「珍しい物はたくさんありましたけど、買ったのは馴染みのある物ですよ」
「はぁ? そりゃあ、なんでまた?」
訳がわからん、と瑞希の荷物を見る者たちに、見やすいようにと包みの口を広げて差し出す。
覗き込む者の中にはダートンもいて、彼は瑞希の買い込んだ物を知ると豪快な笑いを響かせた。それを皮切りに他の鍛治師たちも笑い出して、辺りが大きな笑い声に包まれる。
「なんだ、結局お前らも同じ穴の狢ってヤツか!」
ダートンの酷く嬉しそうなその言葉に、あははと瑞希は照れ臭そうに頰を赤らめた。
広場の様子を確認すれば、ディックの出番はまだらしい。見ず知らずの選手同士の試合が繰り広げられていた。けれど、後悔は微塵もしていない。
それにそっと胸を撫で下ろして、瑞希は抱えた包みを床に広げた。
大きさも形も不揃いな小壷に、油紙と細い麻紐、露店で半分ほどを買い占めた薬材。さすがに調剤道具までは売られていなかったので、通りがけに見つけた薬売りの店に頼み込んで借りてきた。これで、薬が作れる。
瑞希は服が汚れることも厭わず床に膝をつき、器具を並べて薬作りを始めた。テーブルの置かれていないこの部屋では、水平な場所が床くらいしかないのだ。
薬草や薬果の計量は双子に任せ、薬種の粉砕はアーサーにお願いする。今この場で作れる薬となると普段作る薬とは別の物になるため、ルルには三人の補佐を頼んだ。そして揃えられた薬材を瑞希が混ぜ合わせては小壺に分けていく。
初めは仕事中毒だと笑って見ていた鍛治師たちだったが、真剣そのものの表情で調剤に取り組む瑞希たちの姿に、いつしか食い入るように見ていた。
「お前ら、街で何かあったのか?」
「城下の薬売りの人たち、みんな薬の作りすぎで腕を壊してたらしくて。常備薬とかはあるそうなんですけど傷薬は無いって困ってたから、じゃあ作って売ろうかと」
《フェアリー・ファーマシー》で売っている薬とは違う物になるため品質に多少の差が出るだろうが、材料費が安いため価格は同程度かそれ以下に抑えられる。確実に売れるとわかっていて、その上困っている人の助けにもなれるのなら、作らない手は無い。欲を言えば、これを機に王都でもスポーツドリンク販売に協力してもらえそうな縁が欲しいのだ。
あっけらかんとした瑞希の返しに、ダートンが目を瞠る。けれどそれも束の間のことだった。
「お前ら、職人なのか商売人なのかよくわからんなぁ」
そう言いながらも、ダートンの声には好意的な感情が色濃くあった。がしがしと乱雑に頭を掻いて、どっかりと床に腰を下ろす。
「まぁ、居合わせちまった縁だ。手伝ってやるよ」
「いいんですか?」
瑞希は思わず手を止めた。有り難い気持ちと申し訳ない気持ちが綯い交ぜになった目で見上げれば、にっかりと笑う細い目とかち合う。
ダートンは「おうよ」と厚い胸板を拳で打った。鈍い太鼓のような音が鳴る。
「どうせディックが出るまでやることもねぇしな。商売とはいえ、俺もアイツも散々お前らの世話になってるんだ。手伝いくらいしても罰は当たらんだろう」
口角を吊り上げるダートンは頼もしかった。彼が慕われる気持ちがよくわかる。
ダートンの弟子たちも、頭領が決めたことならと床に胡座をかいて、せっせと計量に勤しむカイルとライラに話を聞きつつ、物慣れないながらも手伝う姿勢を示してくれた。
「ミズキ」
静かな声に呼ばれる。
瑞希は夢心地になりながらも、頭の中の冷静な部分が今すべきことを体に指示していた。
下準備が整えられた薬材を手順通りに調合し、小分けしていく。
心につられて微かに震える手は、それでもしっかりと道具を持ち、勤勉に働いていた。




