露店市場inハルデンフルド
街道は噴水広場を中心に蜘蛛の巣状に張り巡らされているらしい。王城に背を向けて通りを道なりに進むと、十余分程度でハルデンフルドの中心部に行き着いた。
大きな噴水広場には所狭しとテントが並んでおり、あるいは敷物を敷いて行商する大勢の人が犇いている。
瑞希たちの街も相当な賑わいを見せていたが、規模にしろ人口密度にしろ、ここはそれ以上だった。通路用のスペースをしっかり確保されているため人波に飲まれるようなことはなさそうだが、踏み込むまでに少なからず勇気がいる。
あまりの熱気に気圧されたライラが、ぎゅうっとアーサーにしがみついた。しかし興味もあるようで、うずうずとアーサーの後ろから露店市場を覗いている。
「すごいね、オレたちと同じくらいの子もいるよ!」
「あら、本当ね。お手伝いかしら?」
双子が熱い視線を注ぐ先には、たしかに店先で売り子をする少年や少女がいた。籠には商品だろう小袋をいくつも詰めて、通り掛かる人に声をかけて売り込んでいる。断られることもあるが、それでもめげることなく楽しそうに行商していた。
双子の瞳に尊敬や憧憬の念が宿る。
(いつか、二人にさせてみるのもいいかもしれないわね)
親の贔屓目を抜きにしても二人は真面目で接客態度も良いから、余程のことがなければトラブルも起きないだろう。店の手伝いでも十分社会勉強にはなるが、視点を変えることで見つかる何かがあるかもしれない。
今すぐさせるわけではなくとも、話してみるくらいはしてもいいかもしれない。
頭の片隅にメモして、瑞希は四人と露店市場の人混みに足を踏み入れた。
盛況ぶりはハルデンフルグに軍配が上がるものの、大まかな商品のラインナップはダグラス領と変わりなかった。
日持ちのする飲食物に、工芸品や装飾品、変わり種といえば道中で採集したらしい薬材も売っていた。使い勝手も良く、瑞希たちの家の薬草畑でも栽培している薬材なのだが、これは何故か買っていく者がいない。しかも、売り手も焦るどころか仕方がないと諦めているように見受けられた。
「変ねぇ、使い勝手の良いものばかりなのに」
「ミズキもそう思う? たいていの怪我の薬に使えるものだから、今なら買い手には困らないはずなのに」
首を傾げ合う瑞希とルルに、話を聞いていたアーサーも違和感を覚えたようで、怪訝な目で薬材売りの露店を見る。しばらく様子を伺ってみたが、店先で足を止める者はいても、買っていく者はいなかった。
そこに、瑞希が店先で足を止める。退屈そうに頬杖をついていた男性が緩慢な動きで顔を上げたが、彼女の顔を見るや否や面倒そうにまた下を向いた。
「冷やかしなら他所でやっとくれ」
至極面倒そうな声音に、むっとカイルが気色ばんだ。アーサーも不快そうに眉根を寄せている。
けれど瑞希は些事に構う暇は無しと聞き流して、並べられた薬材へと目を向けた。
ルルとアイコンタクトを取りながら一つ一つを見定めても、やはりどれも正しい薬材ばかり。
ますますました違和感に、瑞希は思い切って聞いてみることにした。
「ここにあるのって、どれも怪我の薬に必要な薬材ばかりですよね。どうして薬問屋に持っていかないんですか?」
男性が驚いた目で瑞希を凝視した。わかるのか、と問う唖然とした声と表情に、瑞希はしっかりと頷く。
「私も薬材を採集して売っていたことがありまして。今では自分で育てたりもするので、わかりますよ」
ねぇ、と敢えて双子に声をかければ、カイルは得意げに胸を逸らし、ライラもふにゃりとはにかみながら肯定を返す。
男性はさらに目を丸くした。しかし、表情は晴れない。そうかい、とどこか投げやりに返して、彼はまた頬杖をついた。
「なんで問屋に持っていかないのか、だったか。持っていってもな、買ってもらえないのさ」
「買ってもらえない? この時期に?」
おかしなことを聞いたとアーサーが聞き返すと、男性は「だからだよ」と溜息交じりに答えた。
前後の一致しない言葉に、アーサーと瑞希で顔を見合わせる。
男性はだよなぁ、と苦笑いを零して、自分の仕入れた情報を教えてくれた。
なんでもこの辺りでは予選から粒揃いの選手が集まり、繰り広げられた血湧き肉躍る名戦の数々に観客たちも大いに盛り上がったらしい。
しかし、実力の拮抗した者同士が競い合うということは、その分怪我も増えるということ。それを見越して近隣の薬売りたちも傷薬を特に力を入れて販売していたのだが、需要に供給が追いつかず、それどころか無理が祟って腕を痛めた者が続出してしまったらしい。
その結果、薬材はあっても調剤する者がおらず、そのため薬問屋にも買ってもらえなかった、というのが経緯らしい。
因果なものだと話を締めくくった男性が、はぁ、とまた溜息を吐く。こんなはずじゃなかったと、徒労に終わった薬材を恨めしげに見ていた。
「需要は、あるんですよね?」
確認する瑞希に、アーサーがギョッとした目を向けた。まさか、と声なく口が動く。
「ありすぎるくらいだ」
瑞希はにっこりと笑みを浮かべた。
「ルル、ちょっと手伝ってくれない?」
ひそりと囁くと、瑞希の言いたいことを予想していたのだろう、ルルはいいわよと気安く応じた。
「アーサー、カイルとライラをお願いできる?」
「まさかミズキ、旅先でも仕事をするつもりか? 少しは休むということを覚えてくれ」
問題児を叱責するようなアーサーの言葉に、わかっていると言いながらも瑞希は意思を変えるつもりはないらしい。今回だけ、と言って男性から近場の薬売りの店を聞き出していた。
きょとんと不思議顔の双子の間で、アーサーが頭痛を堪えるように額に手を当てた。
「何故こういう時ばかり頑なになるんだ」
「そういう性分なのよ」
からりと笑う瑞希のやる気に満ちた笑顔に、アーサーは言葉を詰まらせ奥歯を噛んだ。
基本的に、瑞希は他者の意見には聞き耳を持つ。むしろ自己を抑えて優先する嫌いさえあるのだが、こうと決めた時には頑としてその意思を曲げない。そしてそういう時の彼女に、アーサーは一度たりとて勝てた例がないのだ。
「…………わかった。ただし、合間だけだ。もともとの目的を忘れないでくれ」
でなければディックが憐れだと言外に釘を刺せば、瑞希は勿論だと嬉しそうに笑った。
こういう顔をされるから、アーサーは勝てないのだ。
やれやれと観念したアーサーに、何が起きているのかわからない双子が不思議そうに首を傾げた。




