知られないもの
「さてさて、ワシはそろそろお暇しようかの。子供たちを迎えたら集落へおいで。またみなで宴をしよう」
「はい、必ず。たくさんお土産を持って行きますね」
「それはそれは。楽しみにしておるよ」
またの、と言い残して長老は森へ帰っていった。瑞希とルルはそれを見送る。アーサーは瑞希に寄り添っていた。
「長老は帰ったのか?」
「うん、子供たちとみんなで集落へおいでって言ってくれたのよ。楽しみねぇ」
何を持って行こう、とうきうきしている瑞希を見下ろして、アーサーはこつりと瑞希の頭を小突いた。きょとんとしている幼い顔に、土産を考える前にやることがあるだろうと教えてやる。
「子供たちと行くのなら、まず迎えなければ」
「あっ、あぁああっ!!」
「そうだったわ! ああもうっ、アタシったら! ミズキっ、ほら急がなきゃ!」
ようやく元の目的を思い出した瑞希たちはそうだったと慌てて準備を再開した。掃除ぃいい!! と叫びながら飛び出すように部屋を出ていった瑞希の背中を見送って、一人取り残されたアーサーはぽりぽりと頬を掻いた。
「掃除はもう終わらせたのだが……」
言うより先に飛び出して行かれてしまって、まずはそれを伝えるべきだったかと反省する。隣の部屋から瑞希のあらぁっ!? という声が何度も聞こえた。
一人暮らし、見た目にそぐわず成人して大分経っているという彼女は、しっかりしているように思えて実はそそっかしく、しかもせっかちなところがあるらしい。ころころと移り変わる表情には飽きが来ないと、アーサーは喉の奥をくつくつ鳴らした。
「アーサー! アーサー!!」
完全にパニックに陥ったらしい瑞希の呼ぶ声がけたたましく響く。やれやれと楽しげに笑ってアーサーは踵を返した。
一歩踏み出す度にアーサーの黒髪がさらさらと揺れる。開けっ放しの窓から悪戯好きな突風が吹き込んで髪を吹き上げて弄ぶ。それさえも高揚を煽るとアーサーは口の端を吊り上げた。
巻き上げられた髪の隙間から耳飾りが揺れる耳が見えた。日の光を浴びるそれがしゃらしゃらと軽やかな音を立ててその存在を主張する。
耳飾りには大粒の青い石が嵌め込まれていた。透き通った湖の水底のような色。その色の奥では何かを象ったような、独特の形をした紋章が刻まれて静かに眠っていた。
存外に長く続いた風もついには止んだ。耳飾りはまた黒いベールに覆い隠された。そして、パタリとドアの閉じる音。
誰もいなくなった部屋ではカーテンが静かに風に揺れていた。




