本戦開始
ハルデンフルドに入り、馬車は真っ直ぐに王城に向かった。祝賀や他国からの来賓歓迎の折に使われる広い催事場があり、そこで本戦が行われるのだ。
入り口で人数分の飲料を補充し、人によっては食料も買い込んで、案内に従って中へと進んだ。
広場の左右後ろを観客席が囲む。観客席のある建物は二つの階層に分かれており、二階は観戦しやすい席から順に各地の領主や貴族たちのための観戦席となっていた。
そのさらに端の一角が、本戦出場者の身内たちに宛てがわれた席だ。故に、ディックの実父であるダートンも含んだ瑞希たち一行は、多くの観戦希望者が殺到する中でも余裕を持って席を確保することができた。
端とはいえ二階にあるこの席は、俯瞰的に広場を見渡せるため観戦にはもってこいの席である。お偉方たちの席のように壁で区切られてはいないものの申し訳程度の衝立で区切られているため、多少は人目を気にしなくてよさそうだ。
そして正面には、今回王族関係者が観戦するというこの場の建物の中でも一等の装飾が施された箱席があった。
赤地に金の縁取りが施されたカーテンが飾るそこには手すりに旗が飾られており、中には豪奢な作りの椅子が三つ置かれている。スペースは十分にあるのだから横並び一列にすればいいのに、椅子は前に二脚置かれ、もう一脚はやや奥まったところに安置されていた。
(なんだか変わった配置なのね……造りも違うみたいだし、奥の椅子はお付きの人用なのかしら?)
王族が座るというのだから、それも不思議ではないだろう。
物珍しげに周囲の様子を伺う瑞希とは違い、カイルとライラはたった一人のお目当てを探して忙しなく顔を動かしていた。
「お兄ちゃんの出番はいつかなぁ」
どこかに何か書かれていないかと手すりから覗く。しかし見当たらないようで、二人してがっかりと肩を落としていた。
すると、仕方ないわねぇ、とルルが名乗りを上げる。
「どこかに進行表があるかもしれないから、ちょっと行って見てくるわ」
ひらりと瑞希の肩から宙に舞い上がったルルがあっという間に小さな粒になり、やがて見る影もなくなった。
素早すぎるその動きに、双子がそっくりな顔を見合わせて瞬きしあう。
そういえば二人の前でルルが猪突猛進したのは初めてだったな、と瑞希は他人事のように思い出した。
そして、彼女の『ちょっと』は果たしてどこまでだったのか、十分もしないうちにルルが戻ってくる。えい! と掛け声までつけて飛び込んできた小さな姉に、双子がワタワタしながら受け止める姿は可愛かった。
にこにこといつも以上に笑みを深めて我が子を見る瑞希と、彼女も含めて慈愛の眼差しを向けるアーサーに、鍛冶場組が不思議がって見ていた。
ーーと、その時だ。
ザッ、ザッ、と一糸乱れぬ行進と速度で、隊列が観客たちの前に現れる。軍服にも見える衣装に身を包んだ彼らはそれぞれ楽器を持っていた。
音楽隊が広場の左右に分かれる。
「いよいよ、だな」
鍛治師の一人が呟いた。
出入り口に選手たちが集まっている。防具に身を包み、兜を腕に抱えながら胸を張って広場へと整列していった。所詮は烏合の衆か彼らの行進に統一性はなかったが、一人一人が闘志に滾る姿はそれだけで民衆の興奮を煽るのに十分すぎるほど。勇姿を期待する声が数知れず上がった。
会場にファンファーレが始まる。トランペットによる三和音が高らかに鳴り響く。
箱席に、赤いカーテンの向こうから一人の男性が現れた。遠すぎて顔の造形はわからないが、金か銀か、明るい髪の色をしている。
彼がこの国の王なのだろう。マントを靡かせて現れたその人物を目にした途端、当然のようにアーサーや鍛治師たちが立ち上がった。他の視界に入る席の誰もが同じく立ち上がっている。瑞希もカイルとライラを促して立ち上がった。
粛々と開会の挨拶が進められる。選手たちへの期待を込めた言葉を結びとして、国王はマントを翻し、前列の一等豪奢な椅子に悠々と腰を下ろした。
周囲が座り始めたのに倣い、瑞希たちも席に着く。
そして始まる武術大会本戦に、選手たちの雄々しい雄叫びが会場を揺らした。




