早朝
ふわりと意識が浮上する。朝だと寝ぼける頭の一番早く覚醒した部分が冷静に判断を下した。もぞりと体を起き上がらせれば、頭上からくぐもった声がした。
「おはよう、ミズキ」
「おはよう、アーサー」
窮屈な体勢で寝ていたからか、アーサーがぐるりと首や肩を回す。強張った筋を解しているうちに眠気も完全に冷めたようで、すっきりとした表情になっていた。それからなかなか立ち上がらない瑞希に不思議そうに首を傾げ、しかしその膝元の存在に納得顔になる。
「随分と気持ちよさそうな寝顔だな」
「でしょう? 起こすのも気が咎めちゃって」
くすくすと瑞希が笑いを零す下では、子供たちが同じ体勢で並び、ふくふくとあどけない寝顔を晒していた。ぷっくりとまろい頬を指先で突いてみると、いやいやと眉間に小さく皺を刻んで逃げるように身を捩る。まだ寝るのだという無言の主張に、瑞希とアーサーは小さく笑い合った。
座ったまま辺りを見回せば、どうやら起きたのはまだ瑞希たちだけらしい。起きる気配のない工房方を見遣ったアーサーが、音を立てないようにと気を付けながら立ち上がった。
「水汲みと、いくつか果物を捥いでくる。薪はいるか?」
「ええ、お願い」
心得たと頷いて、慎重な足取りでアーサーが馬車を降りて行く。瑞希はもう一度子供たちに視線を落とし、自然と目覚めるのを待った。
夏とはいえまだ日が昇って間もないこの時間帯は日差しも厳しくない。幌の中は風通しもよく、日陰になっているから涼しいくらいだ。清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでのんびりと周囲の覚醒を待つ。
先に起きたのは工房方だった。眠そうな呻き声を零しながらむくりと上体を起こしたオーウェンと目が合って、瑞希がぺこりと会釈する。彼は戸惑いがちに会釈を返して、そろそろと忍び足で寄ってきた。
「よく寝てる」
ちっこいなぁ、と囁くように呟いた声は優しく慈愛が滲んでいて、見ている側まで肩の力が抜けるような温かさがあった。
オーウェンはそのまましばらく子供たちの寝顔を眺めていたが、アーサーの姿がないことに気が付くときょろきょろ視線をうろつかせる。それに朝食作りに必要なものを探しに行ったと教えてやると、彼はしまったと慌てて、けれど静かに立ち上がった。きっとアーサーを手伝いに行くのだろう。
(ああいう姿を見ると、やっぱり見守っているだけでいいんだって安心できるのよねぇ……)
ディックもオーウェンも、根幹は素直なのだ。感情に左右されやすいせいで今はすれ違ってしまっているが、それが落ち着けばまた歩み寄ることはできるだろう。
足音を忍ばせながら急いで外へ出ていく背中を、瑞希は微笑ましげに見送った。
そして一人また一人と大人たちが起き、子供たちも遅れて目を覚ます。寝坊助のカイルはルルとライラに任せて、瑞希が煮炊きの準備に混じった。
手間暇かける余裕もないので、朝食は大鍋で煮込んだ根菜のスープと、日持ちのする堅焼きのパンと質素な物。この場で作ったのはスープだけだ。
堅焼きのパンは旅の携帯食の定番らしいのだが、食べてみると硬すぎるしパサパサしていて口当たりも悪い。
思わず微妙な顔をした瑞希に、アーサーがスープに浸して食べるのだと教えてくれた。言われた通りに千切って浸してみれば、パンはみるみるうちに汁気を吸って柔らかくなる。噛めばジュワリとスープが染み出て、食べやすさも段違いだった。皿洗いも楽で、食べ終えた者から後片付けを始めて出立の準備を整えていく。
行動開始が早かったからか、予定よりも早く会場につけるかもしれないと御者のスティーブンが言っていた。
王都ハルデンフルドまで、あと少し。




