夜の一幕
夜も更けた森の中、遠くからホウホウとフクロウの鳴く声が聞こえる。木々の隙間から漏れる月の光が辺りを照らし、白い道が浮き上がって進むべき先を照らしていた。微かに見える小さな明かりは、野宿する旅人たちの焚火だろうか。
荷台の端に身を寄せながら、瑞希は自身の膝を枕にころりと丸まって眠るルルや双子の頭をそうっと撫でた。するりと指の間を抜けていく感触はこそばゆく、思わず口元に笑みが浮かぶ。ふ、と笑う吐息が零れたのか、隣に座るアーサーがちらりと視線を向けてきた。
「眠れないのか?」
眠りを妨げないようにと気遣った声。瑞希はゆるりと首を左右に動かした。
その拍子に、瑞希たちとは間を開けて雑魚寝するダートンたちの姿が視界に入る。体が資本と自負する彼らは子供たちと同じくらいに夢の世界へと飛び立った。敬愛する頭領を中心として固まるその端に、瑞希たちに背を向けたオーウェンの姿があった。
ディックの後継ぎ辞退の宣言当初は多少不和もあったようだが、時間が経過するとともに感情と理解とが追いついたのか、ディックの努力が認められたのか、街を出る前までには工房のほとんどの鍛冶師たちと和解できたらしい。直接的な応援まではないものの、背中を押してもらえたと見送り際に嬉しそうにしていた。
けれど、オーウェンとは打ち解けられていないらしい。馬車に荷を積んでいる間も、オーウェンは動きこそきびきびと能動的だったが、周囲の賑わいから外れて静かに沈黙していたのを瑞希は見ていた。
きっと、アーサーも見ていたのだろう。気にしすぎだと、小さな苦笑が彼の目元に浮かんだ。
「俺たちがしていいことは見守ることだけだ」
「……わかってるわ。でも、悲しい思いはやっぱりしてほしくないのよ」
誰しもと良い関係を築けたらそれ以上のことはないだろうが、人それぞれに意思主張があるのだから衝突は已むを得ないことだと瑞希も理解している。けれど、それでも気にせずにはいられないのだ。
物憂げに息を吐く瑞希に、アーサーが手を伸ばし肩を抱き寄せる。ぽすんと凭れ掛かり瞬きを繰り返す彼女の目元を掌で覆って、「眠れ」と低い声音で囁いた。
はぁ。瑞希がもう一つ溜息を吐く。観念して、それでも僅かに残る不満をぶつけるようにアーサーの肩口に頭を押し付けた。髪が触れたのか、アーサーが擽ったそうに身動ぐ。それをいい気味だと意地悪く思いながら、瑞希は彼の掌の中で大人しく目を閉じた。
静かな夜の中でフクロウが鳴く。そよ風が木々を揺らし、梢が子守唄を奏でた。
このまま寝て、起きたら朝ご飯を食べて。またしばらく馬車で移動したら、きっとハルデンフルドが見えてくる。そうしたら、今度こそ王都入りだ。――そして、ディックの試合が始まる。
それを楽しみにも心配にも思いながら、瑞希はゆっくりと微睡みゆく意識に身を任せた。




