One day
店に出ると、ディックの目元の痣はアーサーが言った通り客たちには予選でできたものと推測されたらしい。口々に痛まないかと気遣われていたけれど、その声のどれもに頑張ったねと我が子の活躍を喜ぶような明るさがあって、ディックは嬉しそうにしながらも曖昧な笑みを浮かべていた。
ディックは、決して痣の理由を答えなかった。詳しく聞かれそうになると適当な理由をつけて難を逃れるのだ。仕事には余念なく取り組んでくれているが、その姿は必死に迷いを振り切ろうとしているように瑞希には見えた。
ディックはこれまで以上に瑞希たちの家に居つくようになった。昼休みになれば弟妹と可愛がるライラとカイルと一緒になってモチを構い、仕事が終わればアーサーと剣術の訓練に励む。店の定休日にはそれこそ朝から晩まで一日中訓練に明け暮れるので、いくら休憩を挟んでいるとはいえよく体力が続くものだと瑞希はもちろんルルでさえ舌を巻いた。
一つ意外だったのは、その光景をカイルが熱心に見学するようになったことだった。予選の白熱した戦いに触発されたらしい。だからかアーサーとディックに向けられる目には、例えば特撮ヒーローに向けられるような憧れの光が強く輝いていた。
そんなある日のことだ。その時子供たちは外に遊びに出ていて、構う相手のいなくなったディックは落ち着かない様子でリビングのソファーに座っていた。本当はアーサーと手合わせをしたいのだろう、ちらちらと何度もアーサーの様子を伺うのだが、生憎と彼は難しい顔で紙面を睨みつけていて、とてもではないが話しかけられる雰囲気ではない。
しょんぼりと肩を落とすディックに苦笑いしそうになるのを堪えながら、瑞希は淹れたばかりのハーブティーを差し出した。レモンイエローの見慣れない液体に、きょとんと丸くなった目が今度はティーカップと瑞希とを行き来する。わかりやすい態度に瑞希は堪らず小さな笑いを零した。
「これ、新作のハーブティーなの。よかったら感想を聞かせてくれない?」
「いいの?」
ディックがまじまじとティーカップを見つめる。もちろんだと瑞希が答えると、彼は待ちきれないといった様子でハーブティーを煽った。好奇心の強かった瞳が、すぐに軽く瞠られる。
「ちょっと香りが強いけど、さっぱりしてて飲みやすいよ。ミントのお茶なの?」
「ええ。ベースはドライミントなんだけど、ドライフルーツも加えて甘みを足しているの」
「そうなの? 気づかなかったや」
ディックは甘みを探すようにもう一口ミントティーを口に含んだ。けれどしっくりこないらしく、甘みを期待していたこともあってか物足りなさそうな顔になる。瑞希は苦笑しながらシュガーポットを差し出した。
それから今度はアーサーの許に行き、彼にもミントティーを差し入れる。アーサーは会釈だけで謝意を表し、さっそくティーカップに口をつけた。熱、と小さな声が上がったが、味は彼の好みに合ったらしい。険しく吊り上がっていた眦がほっこりと僅かに和らいだ。
「お砂糖はいる?」
「いや、今はいい。……二杯目に、淹れたいのだが……」
気恥ずかしそうにアーサーの黒い目がうろつく。白い肌がほのかに赤みを帯びていた。素直ではないおかわりの要求に、瑞希が微笑んで快諾する。せっかくだからドライフルーツも茶請けに出そうと踵を返す最中に、自分たちを見るディックと目が合った。
「どうかした? あ、ディックもよかったらもう一杯どう?」
「あ~……うん。もらおうかな」
奇妙な間を開けて頷いたディックに、瑞希は首を傾げながらも空になったティーカップを受け取り、おかわりを入れるべくキッチンに入っていった。




