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塵も積もれば

 予選が終わり、本戦が開催されるまでしばらく猶予がある。そのため、ディックは予選の疲れを癒してからまた《フェアリー・ファーマシー》でアルバイトとして働いてもらうことになっていた。

 とはいえ、昨日の今日でまた働くというのは体への負担を考えれば頷けず、ディックにはお休みを言い渡している。

 本当は疲れが癒えるまでゆっくり休んでもらいたいというのが瑞希たちの本音で、ディックにその通り促しもしたのだが、本人に一日だけでいいと突っ撥ねられてしまったのだ。ディックの意識はすでに本戦へと向いていて、一日でも多く、一秒でも長くアーサーと手合わせする時間が欲しいと言われては、瑞希はもちろんアーサーにも断ることはできない。

 そういった事情で、今日だけ《フェアリー・ファーマシー》は久々に家族五人で営業していたのだが、店内は思いも寄らず、営業開始の第一便から絶え間なく大勢の人で賑わっていた。


 「ミズキ、これ、頼むよ!」

 「はい、たしかにお預かり致しますね。ありがとうございます」

 「アーサー! 傷薬と湿布薬、それからハーブティー!」


 客と従業員との差別なく、とにかく人の声があちこち飛び交っている。

 ミズキは会計作業に追われて開店してから現在に至るまで、ほとんどカウンターから離れられずにいた。自身の役割だけで手一杯になっているのは他のみんなも同じで、特にアーサーは常に大きな箱を抱えて一息吐く間もなく商品補充に明け暮れていた。売れ筋の商品がいつもより限定的ということもあってあちこちを動き回ることはないというのがせめてもの救いと言うべきか。しかし男手とはいえ決して軽くはない物の持ち運びに、さすがのアーサーも疲労を感じている。

 今日の《フェアリー・ファーマシー》では、とにかく傷薬と湿布薬が売れていた。予選に参加していた者たちだけでなく、観戦していた者たちも多くそれらを買い求めるのだ。前者は自分用だが、後者は違う。予選通過したディックへの祝いと激励を兼ねた贈り物なのだ。

 この街の人々は大概人柄が良い。それは瑞希自身身を以てしっていたので、こういうこともあるだろうとある程度予想はしていた。しかし一人二人、一個二個なら量も大して嵩張らないのだが、塵も積もれば山となる。毎便毎便何人もが瑞希にプレゼントを託していくので、臨時で作った「お預かりボックス」はまだ午前だというのに早くも山盛りになっていた。薬だけでなくハーブティーなど健康促進商品も多いのだが、ディックのみならず、彼の実家の鍛治工房全員で使っても消費がなかなか厳しそうな量である。

 ダートンが腰痛持ちだから湿布薬は活躍しそうだな、と瑞希は頭の片隅で他人事のように考えた。一方で、今でこれなら、店が終わる頃にはどれだけ貯まっているのかと嫌な考えが頭を過った。

 深く考えるのは恐ろしく思えて、瑞希は無理やり意識を逸らす。

 けれどそれも束の間のことで、新しく向き合った客にもディックへと湿布薬を託されて、「お預かりボックス」に向き合わざるを得なくなった。

 たしかに売った商品が、預かっているだけとはいえ客の手元ではなく自分の手元にあるという奇妙な状況。

 しかし祝いの列は午前だけでなく午後の営業時間になっても途絶えることはなかった。箱内に収まりきらず山盛りとなった「お預かりボックス」を見下ろして、忙しなく補充に勤しんでくれていたアーサーが何とも言えない顔をする。


 「…………とりあえず、明日ディックには馬を貸そう」


 気力に欠けたその言葉に、黙って頷くことしかできなかった。

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