ディック
「もーっ! 来るなら来るって言ってよ、めちゃくちゃびっくりしたじゃん!」
剣術競技までの昼食休憩に入り、ばたばたと騒々しい足音を立てて観客席に飛び込んできたディックの第一声だ。今は場所を変えて近くの食事処でテーブルを囲んでいるのだが、ぷんすかと憤慨して文句を言う彼が先程馬術競技で見事首位を勝ち取った者と同一人物には到底見えず、周囲は少しの驚きが滲んだ微笑ましげな目を向けていた。
ディックの機嫌はまだまだ直りそうにないのだが、しかし子供たちは反省の色が見えない顔で笑っている。悪戯の成功を喜ぶその顔はひどく楽しげで可愛らしく、怒るに怒れなくなったディックの矛先は瑞希とアーサーに向いた。どうして前以て教えてくれなかったのかと、焦げ茶色の瞳が恨みがましく睨む。アーサーは素知らぬ顔をしてお冷を啜っているが、グラスに隠れた口元は分かりやすく弧を描いていた。
それならばと、瑞希は意識的ににっこりと笑顔を作る。
「言ったらつまらないじゃない」
ねえ? と同意を求めるようにアーサーや子供たちに目配せすれば、四人からしみじみと深く首肯された。全員、ディックの反応を楽しんでいるのだ。
本人もそれがわかったのだろう。羞恥に頰を赤らめて、やけっぱちになって勢いよく水を煽る。コン、といい音を立ててグラスがテーブルに置かれた。
「ちゃんと格好付けられたんだから、拗ねなくてもいいじゃない」
見た目の割に中身は子供ね、とルルが揶揄う。たしかにそうだと、アーサーと瑞希は同意を込めて微笑んだ。
ディックは双子と出会ってからーー特に兄貴分として振る舞うようになってからは、弟妹には格好よく思われたいと言って、年長者らしい言動を心がけていた。
しかし今のディックは、何というか、瑞希と出会ったばかりの頃のようだ。感情的とまでは言わないが、多少の幼さがある。年相応と言えばそれまでだが、今のディックの方が素が出ているような気がして好ましく思えた。
そう思うのはアーサーも同じなのだろう。無表情を装ってはいるものの、甘やかすような声と眼差しを珍しくもディックに向けた。
「ほら、早く注文を決めてしまえ。食べる時間が無くなるぞ」
メニュー表を押しやって促せば、ディックは不満そうにしながらも空腹には敵わず帳面を覗き込む。それを左右からひょこひょこと双子が覗き込んだ。軽食は摘んだが、食べ盛りの二人には足りなかったらしい。三人は品数が多いわけでもないメニュー表と悩ましげに睨めっこしていた。その間に、大分腹の虫がおさまったらしいディックが従業員を呼び、意気揚々と注文する。オーダーを受けた従業員は忙しない様子で厨房の方へと足を急がせ、まずはと両手にドリンクやサラダを持って戻ってきた。
ぺこんと頭を下げて即座に踵を返した背を数秒見送って、大皿のサラダを取り分ける。たっぷりとかけられたドレッシングは何か柑橘類を使っているのかフルーティーな香りがして、食欲を増進させられる。さっぱりとして食べやすいこともあって夢中になっていると、その間にもそれぞれの頼んだ昼食が運ばれてきて、テーブルはあっという間に埋め尽くされた。
「どれも美味そう!」
「食べ過ぎて動けない、なんてことにはなるなよ」
上機嫌なディックに、アーサーが冗談めかして釘を刺す。ディックはわかってると口では言うものの、食べる手はますます早くなっていた。
気持ちいいくらいの食べっぷりに、仕方のないやつだとアーサーが仄かに目元を和ませる。
予選再開前の昼時は、こうして美味しく賑やかに過ぎていった。




