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ささやかな企み

 馬から降りたディックが、見物に回っていた他の参加者に迎えられもみくちゃにされている。目を凝らして見てみれば《フェアリー・ファーマシー》で会ったことのある顔触れが多く、彼らの浮かべる表情からは顔見知りの健闘を心から称えていることがわかった。


 (ああいうのを男の友情って言うのかしらね?)


 瑞希にはいまいちわかりにくい関係の築き方だが、そういえばアーサーとディックも似たような関係の築き直しをしていたな、と思い出した。同じことを一緒にやる、ということが互いの距離を縮めてくれるのかもしれない。

 人間関係は奥が深い、としみじみ思う瑞希の隣では、我慢できず座席から立った双子がぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねて自身の興奮を全身で表現していた。


 「お兄ちゃん、凄い! 一番だよ!」

 「格好よかった!」


 飛び跳ねながら手を取り合うカイルとライラに、相槌を打つ瑞希の声も自然と弾む。ルルも、素直に態度で表すことはしないがその頰は興奮で赤くなっていた。

 それをアーサーは誇らしげな目で見つめながら、視界の端でディックが動き出すのを捉える。


 「ライラ、カイル。ディックが来るぞ」

 「えっ⁉︎」


 驚きの声が重なり、二人が同時に広場を振り返る。そこでは、たしかにアーサーの言葉通りディックが観客たちに手を振りながら馬を歩かせていた。

 転落防止の柵ぎりぎりまで身を寄せて大勢の人が群がり、乗り出すように声援を送られている。表情までは見えないが、きっとディックは気恥ずかしそうに、けれどやはり嬉しそうに笑顔を見せているのだろう。

 遠目からも幸せそうな彼らの様子に、来て良かったと心から思う。しかしその一方で、我が子の活躍を自分の目で見れないダートンを思って、瑞希は胸が痛むのを感じた。


 (ディックが本戦に進めれば……)


 瑞希は僅かに目を伏せ、改めて悠々と広場を練り歩くディックに目を向けた。まだ遠いが、早めに柵の前に行ければ直接声をかけられるかもしれない。


 「前に行こっか」


 にっこりと瑞希が笑顔で言えば、双子はぱちくりと同じ動作で驚き、そして顔を輝かせた。


 「行く!」


 元気いっぱいの良い返事に、瑞希とアーサーは満足そうに頷く。ルルを肩に乗せて、瑞希はライラの、アーサーはカイルの手を取った。

 瑞希たちの席の近くではまだ人垣は出来ておらず、人が集まり出す前にと少し歩調を早めて柵に向かった。その場に膝をつき、首にしっかり手が回されたことを確認してから倒れないように気をつけてゆっくり立ち上がる。

 ライラの体はまだまだ肉付きは薄いが、前に抱き上げた時よりも大分重くなっている。そろそろ抱っこも限界かと思うと残念な気持ちと嬉しい気持ちが綯い交ぜになった。

 瑞希たちが早々に柵の前に移動したからか、次第に柵の周りに人が増えてくる。

 ディックはまだ遠い。けれど、声はそろそろ届きそうだ。


 「兄ちゃーん!」


 カイルがアーサーの腕の中から声を張り上げた。突然の大声に瑞希たちはびくりと肩を跳ねさせる。至近距離で聞いたアーサーが僅かに仰け反ったが、それに気づかずカイルはぶんぶんと手を振って存在を主張した。しかし、歓声に掻き消されてしまったのかディックが振り向く気配はない。


 「カイル、大声を出すなら事前に言ってくれ」

 「あ。……ごめんなさい」


 さすがに苦言を呈したアーサーに、カイルがしょんぼりと肩を落として素直に謝った。感情の読み取りやすい姿に、いいよとアーサーが優しい目になる。気にしていないとぽんぽん背中を撫でられて、ほっとカイルの顔が緩んだ。


 「もう少ししたらもう一度試してみればいい」

 「うんっ! 兄ちゃん、気づいてくれるといいなぁ」

 「そうだな。もし気づかなかったら、思いっきり怒ってやれ。きっと大慌てで謝ってくるぞ」


 瑞希とルルは同時に吹き出した。想像に難くないその光景が目に浮かぶようだ。笑いを押し殺しきれずに肩を震わせる母と姉にライラも焦るディックを想像してふわりと花が咲きほころぶような笑顔を見せた。

 カイルも沈んでいた表情から悪戯っ子のような表情になって、楽しそうな笑い声を零す。


 「じゃあ、もし気づかなかったら肩車してもらおうっと」

 「カイルだけずるいっ、ライラは……抱っこしてもらう!」

 「あらあら、ディックったら人気者ねぇ」


 早くも算段を始めた双子に、ころころと瑞希が朗らかに笑う。その隣では、前も後ろも取られて苦しそうだな、とアーサーが苦笑いしていた。


 「お。そろそろいいんじゃないか?」


 アーサーの言葉を合図にして、カイルとライラがせーの、と声を合わせる。


 「お兄ちゃーん!」


 ふと、ディックが視線をずらす。そして気づいた時の愕然とした表情と反応に、ルルの腹を抱えて大笑いする声が瑞希たちの耳に響いたのだった。

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