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馬術競技

 結局、まともに馬に乗れたのはほんの一握りしかいなかった。残ったのは三分の一程度だろうか。

 百人を超える参加者がいるにしてはやけに少ないが、それは運営側も想定の範囲内らしい。馬術競技で失格になっても次の剣術競技に参加できなくなるというわけではないとアナウンスがあった。本戦に進出できるのは総合成績の上位三名までだが、競技ごとの成績でも多少の賞金が出るそうだ。

 だからか端に寄った男たちも別段落ち込んだ様子はなく、むしろ楽しそうに参加権を掴んだ者たちに激励を送っていた。

 雨のように降り注ぐ声援に、レース参加者たちは自慢げに、あるいは四苦八苦しながら馬を歩かせた。乗り手の指示に従って馬が横一列に整列する。大柄で鍛えられた名馬がずらりと並ぶ光景は壮観だった。

 いよいよ、レースが始まる。

 スタートの合図は中央の大太鼓。コースは広場を一周と距離こそ長くはないが、その代わりに障害物が置かれている。しかし然程大きなものではなく、回避の仕方も自由らしい。

 ディックはコースの比較的内側に並んでいた。近くに並ぶうちの二人は慣れている様子だが、他は馬を留めることにも苦戦していた。

 始まりからアクシデント続きでどうなることかと思ったが、実際は難しい種目でなくてよかったと瑞希が胸を撫で下ろす。カイルとライラも同じようなことを思ったのか、弾んだ声でディックを応援していた。


 「なぁんだ、思ってたよりも簡単そうじゃない」


 なんだか拍子抜けしちゃった、とルルが零す。しかし、それは違うとアーサーが否定した。

 えっ、と驚いて双子も父を見上げる。アーサーは淡々と自身の見解を述べた。


 「回避の仕方を限定しないということは、技術だけでなく状況判断能力も問われるということだ」


 レースである以上スタートは同時だ。それはつまり、他の走者も障害物になり得るということでもある。横に他の馬が走っていたら避けられないし、飛び越えるならタイミングを間違えば障害物に引っかかり最悪の場合馬から振り落とされる。落馬すればもちろん失格だ。いくら防具があるとはいえ走行中ということも考慮すると、多少の怪我は免れないだろう。

 どんな手段を取るとしても、乗り手の判断力が強く問われるレースになるだろうというのがアーサーの見立てだった。

 思いの外奥が深いらしいレースに、瑞希は心配になって広場を見下ろした。置かれている障害物は三つ。それぞれは間隔が広く回避しやすそうだと思ったが、アーサーの話を聞いた後ではそれさえ油断を誘う仕掛けのように思えてならなかった。


 「そう聞くと、一気に難易度が上がるね……。でもそれ、レースとして成立するの?」


 ふと、脳裏に整列前の惨状を頭に浮かぶ。馬に跨ることさえ四苦八苦する者が後を絶たなかったのだ、ルルが疑問に思うのも仕方のないことだろう。

 アーサーは何とも言えない表情で肩を竦めた。


 「まったく成立しない、ということはないだろう。乗り馴れている者も少なくない。乗り馴れていない者でも、対処の仕方を間違えなければ完走できる」

 「対処の仕方……それができたら、オレにもできる?」


 カイルがコースから目を逸らさずに尋ねた。少し前に乗馬の手解きを受けていたからか、少なからず興味があるらしい。少しの期待と不安の滲む声音に、アーサーはもちろんだと大きく頷いた。


 「もしかしたら、カイルの方が有利かもしれないな」

 「えっ、本当⁉︎」


 ぱっとカイルの顔が跳ね上げられる。嬉しさに目元を赤らめたその顔に、嘘は言わないとアーサーが重ねて頷いた。

 隣で、ライラはわからないと困った顔をする。


 「大人の人でも難しいのに、カイルにはできるの?」

 「ああ。言っただろう? 対処を間違えなければ、と。要は落ちなければいいんだ。馬を急がせなくとも確実に障害物を突破すれば失格にはならないし、完走できれば少ないが得点も入る」


 急いては事を為損じる。見栄えは悪くとも確実に物事を片付けていくことも大事なことだとアーサーは言った。

 まるで言葉遊びだ。ライラは不満そうにきゅっと眉を寄せた。口先を尖らせて拗ねた顔をされて、アーサーが苦笑いしながらそっと手を伸ばす。大きな手がライラのふてくされた顔をむにっと揉んで、ぐしゃりと前髪をかき混ぜるように撫でた。


 「ほら、機嫌を直せ。そろそろレースが始まるぞ」


 アーサーの言葉に慌てて広場に視線を戻すと、大太鼓の前に人影があった。その手には大きな(ばち)が握られている。

 枹が真っ直ぐに空に向かって伸ばされると、騒めいていた観衆が口を噤んだ。息を殺し、振り下ろされる瞬間を待つ。


 ーードォン‼︎


 大太鼓が叩かれる。馬が一斉に走り出した。まず頭角を現したのは、兜に赤い飾り紐がついた男の馬。他を蹴散らす勢いですぐに先頭に躍り出た。その後ろにディックと、二人を追いかけるように革鎧の男が続き、少しの間を開けてまた馬が追いかけ列を成す。ディックと革鎧の男はほとんど速度は変わらず、抜かし抜かされを繰り返しながら手綱を捌いていた。


 「わっ、早い早い!」


 カイルが立ち上がり手を叩いた。ライラも凄い、頑張れ、と目をきらきらさせている。ルルは小さな体からは想像もつかないほど大きな声を出して全力でディックを応援していた。

 上位三頭の迫力あるレースに、競技場が一体となって歓声を上げる。


 「なによ、ディックったらやるじゃない!」


 見直したわ! と弾んだ声でルルが言う。

 瑞希もまさかディックがここまで馬術に優れていたとは知らず、驚嘆に言葉を失っていた。

 はしゃぐ家族たちに、アーサーが満足そうに口角を上げる。


 「剣を教えるとなった時、体幹も共に鍛えた。操術を教えたのは一度きりだったが、それだけで基本を掴んでいたぞ」


 経験はまだ足りないが、短距離であれば予選突破も夢ではない。そう言うアーサーは弟子の才を誇り喜ぶ師の顔をしていた。

 瑞希の胸中に懐かしさと嬉しさが湧き上がる。

 広場には砂煙が舞っていた。

 スタート地点では残された者たちがアーサーの言葉通り安全を最優先にして馬を歩かせていた。一歩進むにも四苦八苦としているが、落馬する者はいない。少しずつ確実にコースを進んでいた。

 その間にも三頭の馬はコースを走り続け、とうとう先頭の馬がコースの半分を通過する。

 首位は変わらず赤い飾り紐の男。そのすぐ後ろを革鎧の男が追いかけていた。しかしディックも負けてはいない。馬を駆りながら、前に躍り出る機会を窺っているようだった。追走する四位、五位との差は大きい。前後はあれど、上位三名は決まったも同然だった。

 第一の障害物を乗り越え、まもなく第二の障害物が現れる。赤い飾り紐の男はそれを避けようとしたが、偶然か必然か革鎧の男が併走して行く手を阻んだ。あわや接触の間際、先頭二人の速度が緩み開いた隙間にディックが一気に加速して突っ込んでいく。

 三人は互いに負けじと馬を急がせた。革鎧の男が比較的軽装で有利に見えたが三者は拮抗し、目を逸らせない。


 ーードォン‼︎


 首位完走の大太鼓が鳴り響いた。ついで、二着完走の大太鼓が打ち鳴らされる。

 ゴールの先では、ディックが満面の笑みで拳を頭上高くに突き上げていた。

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