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温度差

 ダグラス老が挨拶を終えて箱席に腰を下ろす。入れ替わるように、畏まった様子で男が姿を現した。彼が進行役のようだ。

 進行役が定位置まで進み、ピンと背筋を正す。数拍の間を空けて、ドン! と大きな音が響いた。太鼓の音だ。広場の端で、大きな太鼓を打ち鳴らしている。複数人が同じタイミングで叩くことで、一層大きな一音を作り出しているのだ。

 始めは間を開けて打ち鳴らされていた太鼓の音が次第に早くなっていく。やがて連打となった時、広場の各所の入り口からとうとう参加者たちが姿を現した。

 巨大な施設での開催に相応しいというべきか、百は下らない数の逞しい男たちがずらりと並ぶ。それぞれの顔には得意げな笑みが浮かんでいた。巨漢が多いその中で、瑞希の目が比較的小柄に見える者を捉える。


 「カイル、ライラ、あそこ。左から四列目の、後ろの方にディックがいるわ」


 ほら、あそこ。瑞希が教えてやると、双子もすぐに見つけられたらしく、ぱっと喜色に顔を輝かせた。興奮に任せて立ち上がり、しかしすぐに我に返って恥ずかしそうに顔を俯かせながら腰を下ろす。その最中にも、双子の目は決してディックから外されなかった。


 「ん……あれ、お兄ちゃん、小さくなっちゃったの?」


 昨日は大きかったのに、とライラが不思議そうに首を傾げる。

 可愛らしい質問に、意表を突かれたアーサーとルルが噴き出した。


 「ディックが小さいんじゃなくて、周りの人がすっごく大きいのよ。もしかしたらアーサーよりも大きいかもしれないわね」


 込み上げてくる笑いを気力で抑えつけて瑞希が言えば、ライラは空色の目を丸くした。ついで、見比べるようにアーサーと参加者たちとを何度も目で往復する。カイルも信じられないような顔をして首を忙しなく動かしていた。


 「…………言っておくが、俺も決して小柄な方ではないからな」


 双子の視線に耐えかねたのか、アーサーが複雑な顔で自己申告する。何となく意地のような物を感じる声だった。

 それに、ルルの笑い声がさらに大きくなる。

 瑞希もそろそろ我慢の限界を感じて、そっと口元を手で覆った。しかし隠しようのない肩が小刻みに震えてしまっている。

 アーサーは心中を訴えるようなじっとりとした目を向けてきたが、それがますます瑞希の笑いを煽っていた。誤魔化すように広場に視線を戻すと、進行役が丁寧な手つきで巻き紙を広げているのが目に入る。

 おっほん! とわざとらしい大きな咳払いを一つして、進行役は誇らしげに胸を張り競技行程を読み上げた。

 武術大会の予選は馬術と剣術で能力を競うらしい。まずは馬術から、退役した軍馬を使ってのレース形式で執り行われるそうだ。他者への妨害行為、落馬、制御不能は即失格となる。

 進行役のアナウンスに、参加者たちの一部が俄かにどよめいた。いや、狼狽えた、というのが正しいかもしれない。

 対して、周囲の観客たちは楽しそうに期待の声を上げていた。前の席の男は「待ってました!」と手を叩いている。

 妙な温度差のある反応に、瑞希は違和感を覚えた。

 もしかして、毎回行う競技は違うのだろうか。それなら両者の反応の違いにもまだ納得できる気がする。


 「……けど、ディックって馬に乗れるの?」


 短くはない付き合いをしてきたつもりだが、瑞希は本人の口からも他者の口からもそんな話を聞いたことは一度もない。剣にばかり重点を置いて訓練していたが、大丈夫なのだろうか。

 まさかぶっつけ本番で乗馬レースに臨むのでは、とディックの身を案じる瑞希に対し、アーサーは「問題ない」と意味ありげに口端を上げていた。

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