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驚きの光景

 馬車を降りると、一同はあっという間もなく人波に流された。まるで領内の人全てが集結しているかのような人混みは、確かに《フェスティバル》に勝るとも劣らない活気がある。人波は一方向に向かって流れていたがその先に何があるかなど現地人ではない瑞希たちには知る由もない。全員とにかく逸れないようにと互いの手をしっかり握り、ルルはミズキにぎゅっとしがみついて、なんとか人混みから抜け出し道の端に寄った。

 混雑で僅かに乱れた息を整え、改めて人の流れを見直してみると、雑踏に紛れるように何人かの大きな声が聞こえる。目を凝らして見てみると、メガホンのようなものを持った何人かが誘導するように声を張り上げていた。きっと彼らが武術大会の運営側なのだろう。


 「これからどうするの?」


 瑞希がアーサーを見上げた。

 この世界の生まれではない瑞希はもちろん、ルルや双子たちも武術大会を観戦するのは今日が初めてなのだ。国主催なのだから何かの施設でやるのだろうとは予想できても、それが正しいのかはわからない。

 アーサーはぐるりと辺りを見渡した。何かを探すように動かしていた顔が、不意にぴたりと止まる。瑞希も背伸びして同じ方向を見てみると、一際背の高い建物が見えた。


 「あそこだな。競技場だ」


 アーサーが指差したのは、瑞希が見つけた建物だった。

 人波は少しずれた方向に流れているように見えたが、それは運営によって大通りに誘導されているかららしい。小道を通って行くこともできるそうだが、複雑に入り組んでいるため、地理に明るい者でなければ迷子になるのが落ちのようだ。

 この人混みに入るのか……。

 体が小さい分もみくちゃにされてしまうことは想像に難くなく、子供たちの顔がうんざりと歪んだ。

 それを励ますように、アーサーが少しだけ声のトーンを上げた。


 「そのかわり、大通りには多く屋台が出る。飲み物は競技場内でも売られているが食べ物はないから、道中で買っておかないといい所で腹の虫と戦うことになるぞ」


 冗談めかした言葉だったが、育ち盛りの子供たちには死活問題。それは嫌だと三人揃って大通りから行くことを決めていた。いっそ天晴れと言いたくなるほど見事な手のひら返しに、瑞希は吹き出しそうになるのをぐっと堪える。空腹は自分にとっても他人事ではないのだ。

 カイルとライラがぎゅうっと固く互いの手を握った。それから瑞希やアーサーに抱きつくように体を寄せる。ルルは少し迷うそぶりを見せて、アーサーの肩に落ち着いた。安全を考慮しての判断だろう。まるで決戦に臨むかのような面持ちの子供たちに、アーサーと瑞希が視線だけを交えて仄かに笑う。

 意を決して踏み込んだ人混みは、傍目で見るよりよほど勢いがあった。試合観戦ということで周囲の熱気や興奮具合はフェスティバルよりも高いように感じられたが、幸いにして子供がいると気づいてもらえれば気を遣って速度を緩めてくれる者が多かった。しかし、やはり気づかない者も多い。アーサーや瑞希が双子のすぐ後ろに着いてようやく、蹟かないで歩けるようになった。

 大通りに出ると広いと思っていた道がさらに広くなり、人と人との間隔も広がった。ぶつからずに動けるようになって、子供たちの目があちこちに向かうようになる。そうなるとルルが出番とばかりに群衆の頭上まで羽ばたいて辺りを一望した。


 「えー……っと、ここから見える範囲だとホットドッグとフランクフルトがあるわね。あとはフィッシュ&チップスにー……あ、ナッツ類やドライフルーツとかもあるわね」


 先に進めば他にもいろいろあるらしいが、近場ではそれくらいだ、とルルが戻ってくる。ナッツやドライフルーツは冷めることもないから買っておくことにしたが、食べたいと思うものはなかったので五人はそのまま人の流れに沿って進むことにした。

 と、その時だ。


 「スポーツドリンク、いかがですかー! よく冷えてまーす!」


 背中に小ぶりの樽を背負い、首からコップが入っているのだろうホルダーを下げた売り子がいた。十代半ば、日本でいうなら中高生くらいだろうか。

 びっくりして思わず足を止めた瑞希を目敏く見つけたその子はすいすいと人の間を抜けてきて、「スポーツドリンク、いかがですか?」と人好きのする笑みを向けてきた。

 瑞希は咄嗟に言葉が出ず、アーサーや子供たちに目を向けた。四人も、驚いたように目をぱちくりとさせて売り子を見ていた。


 「あれ? お客さんたち、スポーツドリンクは初めてですか? いま大人気なんですよー。脱水予防に良いとかってお医者も勧めてて、しかもこの間は作った人の所に領主様から特別功労賞まで贈られたんですよ!」


 瑞希たちの反応を、その子は未知に対する驚きととったらしい。どこか自慢気に説明されて、反応に困った瑞希は煮え切らない反応を返すことしかできなかった。


 「五つ貰おう」


 言ったのはアーサーだった。

 目に見える人数とは違うのに、売り子は心得たと頷いて、容器の有無を聞いてくる。容器は別売りらしい。それでも合わせて三百デイルだった。

 代金をしっかり受け取った売り子が、樽から伸びる管を通してスポーツドリンクを注ぐ。一つずつ手渡されるそれを流れ作業のように回して五つの受け渡しを済ませ、その子は「まいどありー!」と元気よく次の客を求めて去っていった。

 それを瑞希はまだ驚きの抜け切らない目で見送る。

 もう一度歩き出すと、道中では他にもスポーツドリンクを売っている声を複数耳にした。そして、それを求める声も聞いた。目を向ければ歩きながら、時には足を止めて美味しそうに飲む人々の笑顔があって、瑞希は口元がむずむずと疼くのを感じた。

 太陽の熱と人の熱が立ち込めてとにかく暑いこの中で、汗をかきながらも体調不良の様子なく笑っている。

 それがとても嬉しくて、胸中に温度とは別の熱が灯るのを感じた。


 「…………よかったな」


 柔らかな眼差しと声音を向けられる。

 アーサーの温かな表情に、瑞希は晴れやかな笑みで応えた。

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