言葉と意思
荷造りを終えた瑞希たちは翌朝早くに街へと歩いた。ティルスタージェ行きの馬車の前には既に短くない列ができている。早めに家を出たつもりだったが、距離のためか瑞希たちが最後尾になるようだ。いつも《フェアリー・ファーマシー》とを行き来する見慣れたそれには、行き先は違えど勝るとも劣らないだけの人数がすでに乗り込み、談笑しながら出発の時を今か今かと待ち望んでいる。列に並ぶ者たちも含め、そのほとんどは瑞希たちにも顔見知りだった。
「おはようございます」
「おはよーございます!」
すぐ前の男に瑞希が挨拶すると、それに続くようにカイルが溌剌とした声で挨拶した。ライラは瑞希より少し小さいくらいの声音だったが相手にはちゃんと届いたようで、柔和な笑顔で挨拶を返された。
「カイルもライラも、昨日はちゃんと眠れたか?」
「うん、いっぱい寝たよ」
「なるほど、そりゃ元気なわけだな」
男が快活な笑い声を響かせる。ぐりぐりと大きな手で撫でられて双子がたたらを踏むのを、瑞希がそっと背に手を当てて支えた。
「ちょっと強かったわね」
「痛くなかったから、大丈夫」
こっそりとルルとライラが耳打ちし合う。それとは別に、アーサーが男に近づいた。
ぱちりとかち合った二人の視線。アーサーは目礼し、男は「よっ」と片手を上げた。
「先日はすまなかった。勘違いして、嫌な思いをさせた」
言葉通りの気持ちを示すように下げられたアーサーの頭に、カイルとライラがきょとりと父を見上げる。男も虚をつかれたような顔をして、何のことかを悟ると慌てて両手を振った。
「おいおい、止してくれよ。何の説明もなしに突撃した俺たちにも非はあるし、あんたも悪気があったわけじゃないだろう」
「それでも、ミズキたちのためを思って行動してくれたことにあの態度は適切ではなかった。本当に申し訳ないことをした」
「だぁから、いいんだってば。頑固っつーか意固地っつーか……面倒な性格してるなぁ、あんた」
困ったような呆れたような顔で頭を掻く男に、確かにと瑞希とルルは内心のみで同意する。そうとは知らないアーサーは散々な言われように一瞬眉間をひくつかせたが、謝罪する側として物申すことは憚られたのか無言を貫いた。
二人が何について話しているのかといえば、少し前、瑞希が功労賞を受賞した日の閉店後にサプライズで開かれた祝賀会についてである。あの日、男の言葉通り何の説明も受けずに瑞希たちが馬車へと運び込まれた時、対峙した男たちにアーサーは強い警戒と牽制を向けた。アーサーの謝罪はそれについてものだ。
しかし男も、アーサーの心情を思えば無理もないことだと理解していた。もし家族に手を出されたら、自分とてなりふり構っていられないだろう、と。
けれど、いくら男が気にしていないと言ってもアーサーは納得してくれなかった。瑞希に助けを求めるように視線を投げても、彼女は口添えしてくれるつもりはないようで静観の構えを崩さない。
まったくもって面倒臭いと、男は深々と溜息を吐いた。
「ったく、俺がいいって言ったらいいんだよ。あんたは謝った。許すか許さないかは俺が決めることだ。そんで、俺は許すと決めた。これ以上の謝罪も問答もいらねぇよ」
「それは……」
何か言いかけたアーサーを、男がきつい目で睨んで遮る。アーサーはまだ納得がいかないような顔をしていたが、不承不承ながらも喉元までせり上がった言葉を飲み込んだ。
その代わりに、別の言葉を口に出す。
「……ありがとう」
それは少しだけ小さな声だった。言うや否や顔を背けたアーサーの耳は、仄かに赤くなっている。
男は暫し瞬きを繰り返していたが、それが感謝の言葉だと理解が追いつくと、八重歯まで剥き出しにした笑顔をみせた。
「おう! いいってことよ」
やっぱ言われるならそうでなくちゃな、と上機嫌な男に、アーサーがほんのり目元を緩める。
「っと、ほら。さっさと乗り込もうぜ。試合に遅れたら後悔してもしたりねぇよ」
行くぞ、と男が身軽な動きで馬車に乗り込む。アーサーに促されて、双子も少し高い段差を上がっていった。その後を追うように、ルルがひらひらと飛んでいく。
「ミズキ」
静かな声で呼ばれて、瑞希が笑いを収める。
アーサーは瑞希に手を差し出していた。掴まれ、という意味だろう。
これくらい平気なのにと思いながらも、瑞希は手を重ねて応えた。アーサーに手を引かれてステップを上がり、空いた座席に腰を下ろす。少し窮屈な席だったが、嫌な気はしなかった。
空席がなくなったことを確認した御者が手綱を握り、一振りする。歩き出した馬に引かれて、ゆっくりと馬車が動き出した。




