旅立ち
ゆっくりと、しかし確実に時間は流れていく。瑞希は毎日薬を作りながら、あるいは売りながら毎日を過ごした。
一緒に《フェアリー・ファーマシー》で働いていたディックは、いよいよ明日開催される武術大会の予選に向けて今日のうちに街を出る。今日だけ少し長めの昼休みに設定して、瑞希たちはその見送りに来ていた。
一時的なことだとわかっているはずなのだが、やはり兄貴分との別れが辛いようで、カイルとライラの目は心なしか涙に潤んているように見えた。ぎゅうぎゅうと二人の腕に抱きしめられたモチが苦しそうに前足をぱたぱた動かしている。瑞希の肩では、普段は辛口なルルがどこかしょんぼりと気落ちした様子で弟妹を慰めていた。
物悲しい雰囲気の中で、ディックはにっかりと笑顔を作る。それから、わしゃわしゃと二人の頭をやや荒っぽく撫で回した。「ぷわっ」と鳴き声のような声が二人から溢れる。にしし、とディックがますます笑みを深めた。
「そーんな顔するなって。可愛い顔が台無しだよ? オレ、頑張ってくるからさ。笑顔で送り出してほしいなぁ」
お願い、と甘やかすような笑顔で頭を撫でられて、双子の顔にふにゃりとした笑顔が戻る。まだ寂しげではあったが幾分か上向いたらしいとわかる表情に、「やっぱお前らは笑顔のがいーよ」と軽い口ぶりで言っていた。
父の手による模造刀と防具。少しの着替えと、口に馴染んだ食料。旅の荷にしては少ないようにも思えるが、予選開催地のティルスタージェまでならこれで十分だとアーサーが太鼓判を押していた。
そこに、カイルとライラがそれぞれ紙袋を差し出す。一つは湿布薬や傷薬など、必要になりそうな薬が入っており、もう一つには双子が丹精込めたお菓子が入っている。《フェアリー・ファーマシー》からの餞別だ。
ディックはそれらを嬉しそうに受け取って、照れ臭そうに頰を掻いた。
「ありがとね」
少しぶっきらぼうな言い方をして、ディックが馬車に乗り込む。御者によろしくと促して、がたりと車体が音を立てて揺れた。ぎしぎしと軋みながら、ゆっくりと馬車が動き出す。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい!」
五人の声が揃う。ディックは愉快そうに吹き出して、大きく手を振りながら笑顔で旅立っていった。
それを見送った後、瑞希の目がきらりと光る。いや、瑞希だけではない。
「さて、私たちも準備するわよ!」
声高に瑞希が宣言する。アーサーが格好つけたように鼻を鳴らし、待ってました! とルルが小さな拳を突き上げた。真似して、涙色の晴れた双子も拳を上げた。
五人が軽い足取りで家路を急ぐ。一同が街を発つのは明朝。これからティルスタージェ行きの荷造りをするのだ。
(なんだか、最近旅行ばっかりねぇ……)
そうは思うけれど、その分視野が広がると思えば悪くはないだろう。他の街を観光しつつ、何か新たな発見があれば儲けものだ。
ティルスタージェはどんなところだろうか。
期待に疼く胸を自覚しつつ、瑞希はふわりと唇に弧を描いた。




