共有する秘密
「いらっしゃ……あ、母さん」
おかえりなさい、と笑顔で迎え入れてくれるカイルに瑞希もただいまと笑顔で返す。ライラの姿は見えないから、きっと案内中なのだろう。通りがかったついでにとデキャンターの残量を確認すると、まだ暫くは保ちそうな量があった。
「お外暑かったでしょ」
「まあ、夏だから仕方がないわ。でも前よりは少しずつ涼しくなってきてるわよ」
手渡されたスポーツドリンクを受け取って喉を潤す。清涼感のある風味が口いっぱいに広がって、冷たい温度が体にこもった熱を鎮めてくれるような気がした。瑞希に自覚はなかったが、思っていたよりも喉が渇いていたらしい。あっという間にスポーツドリンクを飲み干した。
「もっといる?」
「ううん、大丈夫。もうカウンターに戻るから」
言葉とともに横目で方向を見れば、アーサーが真顔で接客しているのが見えた。口元を注視すれば、口下手なアーサーにしては言葉を尽くそうと努力しているのがよくわかる。会計の列に並ぶ年配の客はそれを微笑ましげに見守っていた。目に見えて可愛がられるのはカイルやライラだが、アーサーも彼らには見守る対象らしい。小さく吹き出して肩を揺らす瑞希に、カイルが不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ、もう行くから。疲れたらちゃんと休んでね?」
別れ際に金髪の頭を一撫でして、人と人との間を縫うようにカウンターへと足を向ける。
途中アーサーと目が合うと労るように目を細められて、瑞希は何故だか面映ゆい気分になった。
アーサーが会計をしている間に、瑞希が横で商品を梱包する。数こそ少ないが重みのある物が多く、念のためと紙袋を二重にして手渡した。
「重いのでお気をつけくださいね」
「あいよ。ありがとうね」
目尻に笑い皺を刻んだ老婆に瑞希も笑顔で返し、アーサーと交代する。アーサーは「頼む」と一言だけを瑞希の耳元に残してカウンターを出て行った。
「まったく、見せつけてくれるねぇ」
嫌になるよ、と目の前の客は言うけれど、その顔はにやにやと隠しきれない笑みが浮かんでいる。あからさまな揶揄いに瑞希は困ったように目尻を下げて、なんとか平静を装った。こういう時下手に反応すると裏目に出ることは知っている。
暖簾に腕押しとばかりの瑞希の態度に客は少しつまらなさそうにしていたが、やがてどうにか折り合いをつけたのだろう。「また来るよ」と気さくに言い残してカウンターを後にした。
列に並んだ客たちの買う商品を改めて見てみると、風邪薬をはじめとした常備薬が最低一つはあった。来週に向けての用意の一環なのだろうか。
「そういえば、ミズキたちは観に行くのかい?」
話のついでに尋ねてきた客に、瑞希はころりと笑んだ。本人にはまだ秘密だと、口元に人差し指を添えて。




