それぞれの心境
小さいながらも飛行できるという利点を存分に活かして、ルルが客たちの動向を鳥瞰する。忙しい時ほど彼女の齎す情報は頼もしいのだが、ある程度客の波が落ち着けばルル自身があちこちに飛び回るので、見当たらない時には自分の耳目で状況を確かめる必要があった。
だからアーサーはとりあえずと売れ筋の商品を箱に詰めて商品の補充に勤しんでいたのだが、しかし不意にその手が止まった。きょろりと動いた黒い目の届く範囲にはルルはいない。念には念を入れて二度三度とそれを確認してから、アーサーは足音も忍ばせてディックとの距離を詰めた。
子供たちにも、瑞希にも気取られずに確認したいことがあるからだ。
ディックもアーサーがそう出ることは予想していたのだろう。無言で傍に現れても驚いた様子は見せなかった。
「…………ミズキになら、言ってないよ」
先手を打ったディックが平坦な声音で言う。何のことかと明言されなくとも、アーサーにはわかっていた。
「父親には?」
「大会に出たいって言った時に。……まあオレが言わなくても薄々感づいてたみたいだけどね」
変なとこで勘がいいから、とディックは苦笑するが、親とはそんなものだろうとアーサーは思った。
見ていないように思えても、ちゃんと見てくれているのだ。親も、子も。そしてそれはきっと家族だけではない。人と人とが繋がるということは、もしかしたらそういうことの延長線上にあるのかもしれない。
そう語るアーサーに、ディックは数拍瞬きを繰り返し、ついで小さく吹き出した。笑いを堪えるように肩が小刻みに揺れる。
笑い事かと鋭い目を向ければ、ディックは尚もくつくつと喉奥を鳴らしながら「ごめんごめん」と笑い混じりの謝罪を口にした。
「あんたに似合わない言葉なのに、妙に説得力あるから」
馬鹿にしたわけじゃないよ、とわかりきったことを言うディックに、アーサーはふんと鼻を鳴らす。それからつい、と顔ごと動かして瑞希を見た。
「俺から口出しするつもりはない。ーーが、何も言わずに終わらせるようなことはするなよ」
「……………………わかってるよ」
がりがりとディックの右手が後ろ首を掻き毟る。どうにも調子が狂って、八つ当たりするようにハッと息を強く吐いた。
煩わしさに苛まれているようなその姿を、アーサーは静かに見守る。
「あんた、本っ当にいけ好かない。もっと嫌な奴なら良かったのに」
苛立たしさをたっぷり込めた視線と言葉にも、アーサーは「そうか」としか返さない。
ディックは我慢ならない様子で勢いよく立ち上がり、何も言わずアーサーに背を向けた。ずかずかと通路を突き進み、持ち場についたまま水分補給をしている弟妹分に大股で近付く。
「あれ? 兄ちゃ……わっ⁉︎ なに、どうしたの?」
急に抱きしめられて、カイルは驚いた声を上げた。反対側にはライラも抱きしめられていて、ディックの突然の行動にぱちぱちと目を瞬かせて固まってしまっている。片割れの真っ白な肌がほんのりと色づいていくのをカイルは見た。
しかしディックは双子の動揺に気づかず、むしろ頬ずりして肌を一層密着させる。
ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられて、身動きのできない双子にはなすがまま受け入れるしかなかった。
見えないどこかでルルが何か叫んでいる声が聞こえてくるが、混乱の波がほとんど掻き消してしまう。
「もー、お前ら本当可愛い。オレの癒し!」
大好き! と恥ずかしげもなく叫んだディックの熱い抱擁は、アーサーの堪忍袋の緒が切れる瞬間まで続いた。




