未来予想図
なんとなく日差しの和らぎを感じるようになり、いよいよ夏も終わりかと感じるようになった頃。街役場を通じて予選大会の開催場所や日程が通告された。
会場はダグラス領の中央部に位置する領内最大都市、ティルスタージェ。開催は二週間後だ。思いの外猶予期間がない。
瑞希はくるりと店内を見回した。
暑い中有り難いことに両手は下らない人数が陳列棚の間を移動している。天井からはルルの指示で商品を補充するアーサーや、ご老人を何処かへ案内しているライラの姿も見受けられた。
営業は相変わらず忙しいが、それも武術大会が終われば多少落ち着きをみせることだろう。
「そろそろディックのアルバイトも終わりかしらね」
「えっ?」
「え?」
通りがかったディックが驚いた声を上げた。豆鉄砲を食らった鳩のような顔をする彼に、どうして驚かれるのかと瑞希は首を傾げる。するとディックはますますしょんぼりと眉を下げ、悲しそうな、寂しそうな色の目で瑞希を見つめた。
「まだここでの仕事続けたいんだけど……だめかな?」
「え? いえ、だめってことはないけど……」
困ったように後ろ頭を撫でるディックに、瑞希も戸惑い言葉を詰まらせる。
ディックが武術大会のためにどれだけ気合を入れて努力をしてきたのかは瑞希とて知っている。だからこそ開催日時が確定されたいま、彼は準備に専念するのだろうと思っていたのだが、どうやら当人の思惑とは違っていたらしい。人手不足な現状、ディックの申し出は非常に有り難いものではあるが、本当にいいのかという気持ちの方が強かった。
「準備に専念しなくて良いの?」
思ったままを尋ねてみると、やけにあっさりとディックが頷く。
「準備って言ってもオレ一人で出来ることなんてほとんどないし。それなら働いてた方が有意義でしょ?」
ディックの言い分には瑞希もなるほどと思えるものがあった。気合いを入れすぎて空回りしてしまうという話はよく聞くものだ。変に気合いを入れすぎて空回りしてしまうよりは、働いて貰った方が気張らなくていいのかもしれない。
「…………じゃあ、もう暫くお願いしていい?」
大会準備を優先してもらって構わないから、と言い添えると、ディックは「もちろん」と嬉しそうに頷いた。
(ここのお仕事、そんなに楽しんでくれてるのね)
彼の父ダートンは、気さくだが職人気質の強い人だという印象を瑞希は持っている。
対してディックはなかなか気安い性格をしているから、誰かとコミュニケーションを取りつつの仕事は性分に合っているのかもしれない。それを裏付けるように、在庫の箱を運んでいた彼は話しかけてきた客と親しげに会話していた。にこにこと愛想の良い接客態度に、相手も楽しそうに笑っているのが見える。
武術大会後、実家の鍛治工房に戻った彼は変わらず人好きのする笑みで依頼主と応対するのだろう。そしてそれをダートンは何だかんだと言いながら自慢げにするのだ。
その光景が目に見えるようで、瑞希はふくふくと口元を綻ばせた。




