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照れ隠し

 それから、アーサーは宣言通り馬に乗って何処かへ出かけていった。颯爽と街へ馬を駆る姿に憧れるのだろう、カイルは影さえ見えなくなるまでキラキラとした目で見送っていた。

 そして、場所を移して二階の調剤室。ルルはモチの背に乗って自分ごと浮遊させ、薬作りの準備をしていた。今日作るのは湿布薬と傷薬の軟膏、そして整腸薬の三種類。暑いからと冷たいものを摂りすぎて胃を弱らせる者が多いらしい。盛夏の頃よりは売れる量は減ったが依然として需要は高いこと、調剤に時間がかかることもあって、ついでに作っておくことにしたのだ。

 カイルとライラには以前一度作ったことのある傷薬の調剤を頼み、湿布薬は瑞希、整腸薬はルルとそれぞれ作る薬を分担する。


 「よし。じゃあ、作り始める前に復習しておこうかな」


 瑞希の言葉を合図として、双子が紙切れを取り出す。前回の調剤時に取らせたメモだ。少し時間が空いてしまっているが、自分のメモを見ながらも二人はしっかりと瑞希の問いに答えていく。

 その間に、ルルが魔法で薬材を作業机の上に揃えていき、器具の準備が整ったところで確認も終了だ。

 双子はそれぞれ邪魔にならない、それでいて見やすい位置にメモを置いて、使う薬材を天秤を使って慎重に計量していく。

 瑞希とルルはそれを確認して、ようやく自分たちの調剤に取り掛かった。

 瑞希の調剤は双子と同じく自分の手を使って計量やすり潰しなどを行うが、ルルの調剤は一味違う。ルルはモチの背に座ったまま、ひょいと指振り一つで必要な薬材や器具を浮き上がらせ、いよいよ作業を開始した。

 天秤は宙に浮いているのに薬材を正確に計量していく。乾燥させた薬草は薬研の中でごりごりと粉砕され、薬種は刃物で切られたかのようにすっぱりと半分に割られて中身を回収された。

 目の前をふわふわと物が行き交う様に遊び心を擽られたのか、モチが前足を伸ばして悪戯をしかけようとする。けれど触れるよりも早く物自身がその手を逃れていくので、まるで意思を持っているかのようにも見えた。

 着々と工程が進んでいくルルの調剤に、ほう、と感嘆の声が上がる。


 「ルル姉、すごいね」

 「え?」


 ルルは一瞬、何を言われたのかわからなかった。きょとりと瞬きして、それから「ああ」と納得の声を上げた。

 思えば、弟妹の前で調剤するのは初めてだ。初めて見るからこそ、二人の目には一層際立って見えるのだろうと当たりをつけて、ルルは何ということはないような口ぶりで言った。


 「アタシは妖精だもの、このくらいトーゼンなのよ」


 薬作りは妖精の日課。集落にいた頃より作る頻度や量は少なくなったが、だからといって腕が落ちるということはない。

 そう言うルルに、それでも弟妹はすごいと賛辞を重ねた。


 「ライラたちのよりもずっと作るの難しそうなのに、ルルちゃんだとあっという間にできちゃうね」


 弟妹からの純粋な賛辞に、ぽかんとしていたルルの頰がぱっと薄桃色に染まる。小さな両手がその顔を覆った。

 あ、喜んでる。瑞希が冷静に分析する。

 事実その通りで、ルルはふにゃりとふやけた顔を隠すのに必死だった。


 「ふっ、二人だって経験を積んだらこのくらいできるようになるわよ!」


 双子に対するにしては強い言い方に、珍しいと瑞希が思わず手を止める。

 ルル自身も、照れ隠しとはいえ思わず語尾の強くなってしまった言葉に後悔していた。しかし傷つけてしまっただろうかと恐る恐る様子を伺ってみると双子は気を悪くしたような様子はなく、むしろ「そうだといいな」とはにかんでいたので、なんだか拍子抜けしてしまった。


 「……大丈夫よ、アタシが言うんだから間違いないわ。だからまずは基本の薬作りをしっかり頑張りなさい」


 ルルからの鼓舞に、双子が揃いの青い目を嬉しそうに輝かせる。「うん!」と元気よく返事して目の前の調剤にやる気を燃やすその姿に、ルルは眩しいものを見るように目を細めた。

 ややあって、もう一度ルルの小さな手が動く。それに合わせて、止まっていた調剤作業が再開される。

 瑞希はくすりと温かな一笑を零し、手元のすり鉢に意識を戻した。

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