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親の心子知らず

 「…………あら? アーサー、あなた十代で旅に出たって言ったわよね?」

 「ああ。それがどうかしたか?」


 何もおかしなことはないだろうと言いたげなアーサーに、まさかの可能性に気づいてしまった瑞希は顔から血の気を引かせた。

 そんなことはないと思いたい。けれどアーサーの性格上、完全に否定できない。

 瑞希は恐る恐る次の質問を口にした。


 「た、旅に出てから、実家に帰ったことは…………?」


 若干語頭は震えたがなんとか絞り出した問いに、アーサーは虚を突かれたような顔をした。


 「何を言っているんだ」


 表情通りの言葉に、やはり杞憂だったかと瑞希がほっと胸を撫で下ろす。いつのまにか肩に入っていたらしい力も同時に抜けた。

 ーーが、しかし。


 「そんな暇があったら次の旅に出てる」


 ガゴンッ! 瑞希は手を滑らせ皿を流し台に落とした。アーサーは割れていないかと気にしているが、正直そんなことは今はどうでもいい。

 瑞希は硬直する頭と体を無理やり動かしてアーサーを仰いだ。


 「………………帰って、ないの……?」

 「帰らなくとも息災かはわかるからな。俺からは一応連絡は入れてるが」


 そういう問題じゃない! そう叫ぼうにも衝撃のあまり声も出ず、瑞希はがっくりと力なく崩れ落ちた。

 アーサーが驚き慌てて声をかけてくれるが、貴方のせいでこうなっているのだと正直に言ってやりたかった。

 ずきずきと頭が痛む。こめかみを指で押さえると、どくどくと太い血管が強く脈動しているのがわかった。


 「ミズキ、大丈夫か? 頭痛薬、いや、それよりもロバートを呼ぶか?」


 心底心配そうに気遣ってくれるアーサーに、溜息を吐きたくなるのをぐっと堪える。


 「大丈夫、大丈夫よ。ちょっと……ええ、ちょっとびっくりしただけだから」


 驚かせてごめんなさい、と謝罪を口にすれば、アーサーの表情が僅かに晴れる。それでも心配はまだ残っているようで、瑞希を支える手は離れなかった。

 けれどだからこそ、余計に思ってしまう。こんなに気遣いができるのに、どうして親にはそれができないのか、と。


 「アーサー、貴方は一回親御さんに元気な姿を見せてくるべきだわ」

 「え?」

 「え、じゃないわよ。会いに行かなくても相手のことがわかるってことは、遠くにいるわけではないでしょう? たまに顔を出すくらいはした方がいいと思う」


 説教じみたーーいや、実際説教なのだがーー瑞希の言葉に、アーサーが意外そうに目を瞬かせる。

 瑞希はさらに言葉を重ねた。


 「あのね、いくつになっても親にとっては子供は子供でしょう。八年も顔を合わせずに離れてるなんて、私なら心配で心配で堪らないわ」

 「まあ、ミズキは心配性だからな」


 暢気なアーサーの口振りに、瑞希はぎゅっと彼の手の甲を抓った。っ、と頭上から息を詰める音がする。


 「余計なお世話だってことは、重々自覚してる。でもね、お願いだから顔を出してきて」

 「………………」


 怒ったような顔で、けれど哀愁を感じる声音で言う瑞希に、アーサーがはっとして押し黙った。

 会えるなら会ってきてーーそれは、瑞希にはできないことだと今気づいた。どうして気がつけなかったのかと、至らない自分に歯噛みする。

 苦しげな顔をするアーサーに、察してくれたらしいと瑞希が目元を和らげた。それから、ごめんなさいと抓ったところをするりと撫でる。アーサーの手は少々赤みを帯びていた。


 「…………本戦」

 「え?」

 「ディックが本戦に出場するのなら、観戦ついでに一度実家に顔を出してくる。…………それでいいか?」


 素直じゃない。そう思いながらも、瑞希は微笑んで頷いた。


 「じゃあ、何が何でもディックには予選突破してもらわなきゃね」


 なんなら優勝してくれたらいいわ、と明るく言う瑞希に、アーサーはいくらか思うところは胸中に留め、頷いた。

 予選の日は、少しずつ確実に近づいてきている。

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