いつか
朝食の後、子供たちはモチを連れて外へ出て行った。午前中に家事と在庫の確認をするから、と瑞希が言ったからだ。
そうして宣言通りまずは食器洗いから手をつけようとしたところで、アーサーがキッチンへと顔を出した。
どうかしたのだろうかと思えば、彼は瑞希の隣に立ち、洗った食器の乾拭きを始める。
「ありがとう」
「それは俺のセリフだ。さっきは助かった」
言われて、瑞希は小さく首を傾げた。けれどすぐに何のことか思い当たって、気にしないでと緩く首を振る。
アーサーが言いたいのはカイルのことだ。いつもはすんなりと聞き分けてくれるのに珍しく引き下がらなかったから、アーサーもどうしていいか困っていたらしい。
もしまた言い募られたらどうしようか、と真剣な顔をして悩むアーサーに、瑞希はころころと朗らかに笑った。
「それはものすごく幸せな悩み事ね。子供に好かれて困るだなんて」
「そう……なのか?」
ピンと来ないらしいアーサーが難しそうに眉間に皺を刻む。そうよ、と瑞希が重ねて肯定しても、やはり納得がいかないようで口をへの字にしていた。
「じゃあ聞くけど。アーサーは子供の頃、カイルみたいに甘えた?」
「俺が? …………ないな、ありえない」
アーサーは暫し記憶を手繰ったが、すぐに勢いよく首を横に振った。強い言葉で頻りに否定を繰り返し、今も何かを思い起こしてはぶつぶつと呟いている姿に、瑞希の好奇心が煽られる。
「なら、アーサーはどんな子供だったの?」
率直に瑞希は聞いてみた。
問われたアーサーはその質問がまるで予想外だったらしく、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして瑞希を見下ろしている。
数拍、二人の間に沈黙が流れた。ごく短いその間に、もしかして触れられたくないことだっただろうかと瑞希が不安を抱く。質問を取り下げようと口を開きかけた時、「そうだな……」とアーサーの声がそれを遮った。
「どんな子供か、と聞かれると回答に困るが、カイルとは違っていたな。どちらかというとライラに近い」
思わぬ回答を得て、今度は瑞希が目を瞠った。答えられたことも、その内容も、驚きのあまり理解したのは数秒遅れてのことだった。
ぽかんと瑞希が見上げている間にも、アーサーの話は続く。
「昔は武芸よりも勉強……というか、本を読むのが好きだった。誰かと交流するよりも読書を優先して……特に歴史や地理についてのものをよく読んだな。自分が見たこともない、聞いたこともない事を知るのが楽しかった」
わかる気がする。瑞希は静かに頷いた。
アーサーは落ち着いた雰囲気があるが、見た目に反して好奇心は強い。一緒に暮らし始める前、ルルを紹介した時にも強く感じたことだ。
彼の好奇心旺盛なところは大人になった今でも変わっていない。
「なら、旅を始めたのは本の内容を確かめるため?」
「それもあるな。だがそれ以上に、実物を見てみたかった」
「実物?」
「ああ。自分が生まれ育ったこの国を、これから生きていく土地を、ここ以外を、とにかく自分の目で見たかった」
声音と眼差しに、アーサーの想いが籠る。優しく、どこか夢を語る子供のような無邪気さがそれらにはあった。
目を輝かせるアーサーに、瑞希がそっかと微笑み受け止める。
(ーーいつか……)
いつか、アーサーが見たいと思うものを、自分も一緒に見てみたい。
言葉にこそしなかったけれど、そう強く思った。




