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瑞希とアーサー

 乾杯の音頭の後、瑞希たちの許にはたくさんの人が挨拶に訪れてくれた。周囲は瑞希たちを主役と言ってくれるが、さすがに座ったままでは瑞希自身気が咎め、席から立ち上がり挨拶を交わす。薬売りたちとは互いの健闘を称え合い、果樹園の人たちとは今後ともよろしくと改めて握手した。その中には街の自治会役員もいて、その節はと互いに頭を下げあって周囲の失笑を誘ってしまった。


 「結構広く場所を用意したつもりだったんですけど、足りませんでしたねぇ」


 今朝の今でずいぶん準備が早いと思っていたが、どうやら自治会も動いてくれてのことだったようだ。

 いやはやお見事、と感心しきりに言う役員に、有り難いことですと瑞希が返す。その時彼のグラスが空になっていることに気がついて、瑞希は手近なボトルを手に取りそれを注いだ。


 「まさか主役に酌して頂けるとは。どうです、自分にもさせて頂けませんか」


 今度は役員がボトルを取り、瑞希へとその口部を向ける。瑞希は困ったように苦く笑った。


 「生憎、お酒には弱くて。お気持ちだけ、有難く頂戴致します」

 「あらら、残念。でも、言われてみれば納得ですね。強そうには見えません」


 役員はそうからからと笑って、じゃあ乾杯だけ、とグラスをカチンと鳴らして去っていった。

 彼で、挨拶は最後だ。

 瑞希はふうと一息吐き、上気した顔をはたはたと手扇で仰いだ。生ぬるく頼りない風しか来ないが、無いよりはマシだ。

 席に戻ろうと視線をずらせば、子供たちは一頻り食べたようで、満足げな笑みを浮かべていた。

 逆の席ではアーサーが何故か飲み比べをしていた。脇に寄せられている空のボトルは彼が飲み干した物だろうか。素面に見える表情のまま黙々とグラスを傾け続ける彼が、瑞希には上機嫌な風に見える。しかしその前には顔を真っ赤に染め上げた酔いどれたちが座り込み、空を指差してけらけらと笑っていた。

 アーサーの隣に座しているディックはそれを見て表情を引き攣らせながら、彼に信じられない物を見るような目を向けている。

 そんなある種の地獄絵図の中に瑞希が戻ると、真っ先にアーサーが声をかけてきた。


 「挨拶はもういいのか?」

 「ええ。直接お礼を言えて、私も嬉しかったわ」


 にこにこと言葉通りに笑う瑞希に、それは良かったとアーサーが目元を和らげる。けれど視線が瑞希のグラスに止まると、途端に神妙な顔になった。


 「…………飲んだのか?」

 「え? ああ、これはお酒じゃないわ。ジュースよ。私が強くないのはアーサーも知ってるでしょう?」

 「それは……まぁ。でも、二人きりなら……」


 答えたアーサーの目元がほんのりと色付く。彼が何を思い出しているのかわかって、瑞希は顔を真っ赤にした。

 かつて彼と二人で酒を飲んだ時、何が起きたか。忘れようとしても忘れられなかった。

 きっ、と瑞希が眦を決して睨む。その目には薄っすらと涙が幕を張っていた。酔っていても言っていいことと悪いことはあるはずだ。

 アーサーは言葉を詰まらせ、言葉を模索するように視線を彷徨かせた。けれど結局は思い浮かばなかったようで、気まずくなった空気を打ち壊すようにわざとらしい咳払いする。


 「……ほら、挨拶ばかりでまだ何も食べていないだろう。パエリアはどうだ、良い味していたぞ」


 誤魔化すように押し付けられたパエリアの小皿。瑞希は数度視線をそれとアーサーと行き来させ、そして肩の力を抜いた。


 「今日はせっかくのお祝いの席だものね。聞かなかったことにします」

 「感謝する」


 言い終わるや否や、耐えきれなくなってついに二人で笑いだす。笑うアーサーに周囲は瞠目していたが、それさえも二人には面白くて仕方がなかった。

 やがて、完全な夜が訪れる。それでもしばらく、街は賑やかな笑い声が止むことはなかった。

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