乾杯!
やんややんやと声が飛び交うどんちゃん騒ぎの中、瑞希たちのテーブルにもたくさんの料理が運ばれてきた。
丸々と太った鶏の丸焼きや、瑞々しい新鮮野菜をたっぷりと使ったサラダ、魚介類をふんだんに使ったパエリア。その他どれもが大皿にたっぷりと盛られており、六人で分け合っても食べきれるだろうかと不安になるほどだった。
そこに、アーサーとディックにはアルコールが饗される。瑞希には躊躇いの後にマリッサ手づから子供たちと同じくジュースが振舞われた。
「あの、マリッサさん。私たち。突然のことで持ち合わせが……」
「何を言ってんだい? アンタたちの祝賀会なのに、主役に支払わせるわけがないだろう。これはあたしらからの奢りだよ」
他のやつらは自腹だけどね、と茶目っ気たっぷりにマリッサがウインクする。ついで、薬売りたちにばかり格好付けさせてなるものか、と対抗心を燃やしてみせた彼女に、瑞希はしばし反応に困った。
「…………ありがとう、ございます」
戸惑いの強い言葉だったが、マリッサの耳にはちゃんと届いたらしい。それでいい、と上機嫌な笑みを向けられた。
と、一連のやりとりを静観していたカイルが、うずうずと興奮を抑えきれない様子で口を開いた。
「これ、食べていいの?」
きらきらとご馳走に目を輝かせる双子に、マリッサはもちろんだと鷹揚に頷いた。
「他にも希望があったら作るから言っとくれ。おかわりだってたんまりあるからね」
にっかりと気前よく笑うマリッサに、周囲から「さすがマリッサ!」と囃し立てる声が上がる。それに彼女は片手を上げて応え、得意げに笑った。
そして、大きく声を張り上げる。
「さあ、もう一度乾杯だよ! 全員グラスは持ってるかいっ?」
応えるように、広場に集まる人々がそれぞれのグラスを頭上に掲げた。
マリッサの視線に促され、瑞希たちもそれぞれのグラスを頭上に掲げる。そこには隠しきれない気恥ずかしさと、それに勝る強い喜びの色が溢れていた。
「さぁ、ミズキ。音頭を」
「えっ、私がですかっ⁉︎」
「当たり前だろう。アンタがやらなくて、他に誰がやるっていうんだい」
さあさあ、主役から一言、と催促されて、瑞希は戸惑いながらも立ち上がる。
授業でもないのに人前に立つのはやっぱり慣れなくて尻込みしそうになっていると、それを察したのかルルが飛んできて肩に止まった。
その小さな刺激にさえ驚いてルルを見ると、彼女は誇らしげな笑みを浮かべていた。そしてその奥には、瑞希を後押しするように微笑むアーサーとディック。
瑞希は自身の中でぐるぐると渦巻いていた緊張が、急速に静まっていくのを感じた。
(もう、大丈夫)
何も、不安になることなんてないのだから。
背筋を正し、顎を引く。そして正面を見れば、視界一面に笑顔が溢れていた。
瑞希は優しくも淡い笑みを湛え、ゆっくりと深く息を吸った。しっかりと腹筋に力を入れて、声を張る。
「ーー今回の栄誉は、私一人で成し遂げたものではありません。皆さんが協力してくれたからこそ、得られたものです」
凛として芯のある瑞希の声に、聴衆は静かに耳を傾ける。
言いたいことはたくさんある。でも、それら全てを言うのは、この場には相応しくないだろう。
だから瑞希は、今の自分にできる最高の笑みを浮かべた。
「こうして皆さんと成し遂げ、喜び合えることに感謝を。ーー乾杯っ!」
勢いよくグラスを突き出すと、零れた中身が瑞希の手を濡らした。けれどそれが気にならないほどの歓声と乾杯の返しが大きく響き渡る。
空が暮藍に染まる中、小さくも盛大な祝賀会が幕を開いた。




