強制連行
幸か不幸か、瑞希たちがどれだけ客たちの視線にむず痒い思いをしようとも時間の流れは変わらない。店の忙しさはいつも以上であったため、一度仕事に集中してしまえば気にすることは少なくなった。
客層は午前中は常連が多かったが昼の営業では初見の客も多くやってきた。おそらく武術大会に向けて練習を重ねているのだろう。傷薬や湿布薬をいくつか抱えてカウンターまでやってきた彼らはその奥に賞状と飾り盾が飾られているのを見つけると瑞希が会計作業を始めるよりも早くに棚の中へと引き返していき、始めよりも多くの薬壺を抱えてカウンターへと戻ってきた。そうして店主と面識を得ようと瑞希に取り計らいを頼んでは、返される答えに瞠目し、言葉を失って両腕に紙袋を抱えながらふらふらと店を後にする。
今もまたそのやり取りを終えたところで、瑞希はふうと嘆息した。
「なんだか今日は変なことばっかり起きるわねぇ」
いったい何度同じことを繰り返せばいいのかと、正直気疲れしてしまう。
けれど、それもあと少しの辛抱だ。昼の営業時間はもう半分以上を過ぎ、残り数便を過ごせばあとは客の帰りを見送るだけ。あと数時間だけのことを耐え切れないことはない。もしかしたら明日も同じようなことが連続する可能性は否めないが、予想しているのとしていないのとでは疲れ方は違うもの。今日ほど心労が溜まることはあるまいと自身に言い聞かせて、瑞希は変わらないサービススマイルを作り接客に勤しんだ。
相変わらず不思議な客は多かったが、閉店時間が近づいてくるとまた常連客の割合が増えだした。彼らは何かいいことでもあったのかうきうきとした様子で、出かける前の子供たちを想起させるような笑顔は自然と瑞希に平常心を取り戻させた。
そうして次第に陽も傾いていき、空が茜色に染まった頃。ようやく今日最後の馬車が客たちを迎えに来た。――――はずだった。
「よしミズキ、行くよ!」
「えっ?」
言われたことを理解するよりも早く、瑞希は常連客たちに両脇から抱えられ、馬車に乗りこまされた。驚いているうちに、今度はライラとカイルも抱えられて運び込まれてくる。
「さぁさぁ、座った座った。立ってたら危ないからね」と急かされるまま座席に押しやられて三人で目を白黒させていると、今度はディックも担がれてやってきた。
「ちょっと、いったいどういうつもり⁉」
ディックとルルの詰問が重なる。
そこに、アーサーの地を這うような声が冷ややかに響いた。
「――――これは、どういうつもりだ?」
アーサーは険しい表情で、自分と対峙する男二人を睨みつけていた。まだ完全に敵と見なされてはいないのに、彼から放たれる威圧感に二人は身震いしてしまう。
「ちょ、怖えって! そんな目で睨むなよ!」
「お前らが睨まれるようなことをするのが悪い」
にべもなく切り捨てられて、そうだけどそうじゃないと、二人からは否定とも肯定ともとれない言葉が零される。
「俺たちも頼まれただけなんだって。な? だからそんなおっかない顔してないで、あんたも馬車に乗ってくれよ」
「何故? 今日は街へ行く予定はない。ミズキたちを返せ」
「だぁめだって! ミズキたちを連れてかないと、オレたちがマリッサにどやされちまうよ」
そんなの絶対ごめんだね、と心底いやそうな顔で言い切る一人に、ならば俺と敵対するかとアーサーが凄んだ。ゆっくりと、見せつけるように彼の手が腰に佩いた剣に延ばされる。
「アーサー!」
瑞希は馬車から身を乗り出し叫んだ。途端、アーサーの手がぴたりとその動きを止める。
なぜ止めるのかと無言のうちに問われ、瑞希は再度彼の名を呼んだ。
「アーサー。ね、いいじゃない。行ってみましょうよ。マリッサさんが関わってるなら、悪いようにはならないわ。ディック、そうでしょう?」
「えっ⁉ ……まぁ、オレもそう思うよ。あんたがそこまでする必要ないと思うし、もし何かあったとしてもオレらでちびたちとミズキ担いで走ればなんとかなるって」
ウチに駆け込めば親父たちが完全武装して味方になってくれるだろうし、と言うディックに、それはそれで恐ろしいなと瑞希は他人事のような感想を抱いた。
じっと、アーサーとディックが見つめ合う。
数秒ののち、アーサーは溜息とともにその黒い瞳を瞼の奥に隠した。
「髪一筋さえ傷つけることは許さない。いいな?」
アーサーの言葉に、男二人が首振り人形のように何度も首を縦に振る。それをしかと見届けてようやく、アーサーは馬車に乗り込んだ。




