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視線

 モチの意外な特技への驚きが抜けきらないまま、《フェアリー・ファーマシー》は午後の営業を開始した。手紙は開店直後に来た馬車の御者に託し、現在は絶賛就労中である。店内にはルルからの指示が喧騒を突き抜けて響き、アーサーとディックは腕に商品を抱えて棚から棚へ行ったり来たりを繰り返している。出入り口でサービスドリンクを配るカイルとライラも、朝よりも減りの早いスポーツドリンクに驚きながらも注いでは渡しを繰り返していた。

 仕事が忙しいのはいつものことだが、しかし今日は客たちの様子が少し違っている。

 どうしたんだろうと訝しんでいると、瑞希の様子に気付いたルルが天井近くから降りてきた。


 「ねえ、なんか、変じゃない?」


 難しい顔をして肩に止まったルルに、瑞希は顔を客たちに向けたまま小さく頷いた。


 「ルルもそう思う? なんか……なんだろうね、居心地が悪いわけじゃないんだけど……ねえ」

 「うん。落ち着かないわよね……」


 なんなんだろう。瑞希とルルは疑念の目で客たちの動向を見直した。

 店内を見て回る彼らの顔にはいつものように笑みが浮かんでいるのだが、何故か瑞希たちを見る目が妙に生温かい。

 初めは功労賞が原因かと思ったが、よくよく観察してみるとどうやらそうでもないらしい。

 客たちは会計時カウンター越しに向かい合うたびに祝いの言葉を送ってくれたが、瑞希の勘違いでなければ、彼らの目には同情に近い色が滲んでいた。


 「もしかして、領兵が来たことで何か誤解されてるんじゃないの?」

 「でも、それなら誰かが何か言ってくると思うわ」


 ひそひそと話し合うけれど、答えは見つかりそうにない。

 ああだこうだと言い合っている間に、また新しい客が支払いのためにやってきた。彼もやはり、他の客同様の生温かい目で瑞希を見ている。


 「……あの。皆さん、何かあったんですか? いつもと様子が違いますけど……」


 思い切って瑞希は聞いてみた。

 人目を憚ってさすがに声は潜めたが、きちんと相手に届いたらしい。彼は空笑いしつつ頭を掻いた。


 「あはは、やっぱりバレますよねぇ」

 「まあ……こうもあからさまに目を向けられたら、さすがに」

 「ですよねぇ。でも、ごめんなさい。自分からは何も言えないんですよ」


 すみません、ともう一度謝辞を口にして、男性客がへにょりと力の無い笑みを作る。

 謝るくらいなら教えて欲しいと訴えても、彼は困ったように眉を八の字にして苦笑うだけだ。


 「心配しなくても、何も悪いことは起きませんから」

 「何もわからないのにどうやってそれを信じればいいのよ」


 不機嫌を隠さず噛み付いたルルに苦笑しつつ、瑞希が彼女の言葉を自分の口から伝える。

 男性客は同意を示してくれたものの、やはり教えてはくれなかった。気の弱そうな雰囲気に反して、意外と頑固な性質らしい。

 これは手強い、と商品を袋詰めしながら攻略法を考え始めたところで、ふと一つの可能性が脳裏をよぎった。

 まさかとは思うけれど、しかしそれ以上に有力な可能性が思い浮かばない。


 「……じゃあ、これだけは確認させてもらえませんか?」

 「答えられるかはわかりませんが」

 「皆さんの様子が違う理由に、マリッサさんが関わっていたりしますか?」


 男性客は微笑のまま、表情を動かさない。

 一拍、二拍。

 不自然に置かれた間に、瑞希は自身の予想が当たったことを確信した。

 それを、彼も悟ったのだろう。気弱な苦笑を浮かべて、あははと乾いた笑い声を零した。


 「ほら、マリッサさんには逆らえませんから」

 「…………聞かなかったことにしておきます」

 「是非そうしてください。大丈夫ですよ、本当に何も悪いことは起きませんから」


 念を押すような男性客の言葉に、瑞希は苦笑しながら頷いた。

 滞っていた袋詰めを再開し紙袋を渡すと、彼は軽く会釈してカウンターから離れていく。

 黒幕がわかったはずなのに余計謎が深まったような気がして、瑞希は堪らず溜息を零した。

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