手紙
たっぷりのピラフを食べ終わってから、瑞希たちは揃ってリビングで小休憩していた。
今日は珍しくアーサーとディックもリビングに留まっている。稽古はいいのかと問えば、「万が一があっては困る」とアーサーに酷く不服そうな顔をされた。
どうやらディックからマリッサの話を聞いたらしく、何が起きてもいいように余力を残しておく心算らしい。
過保護だよなぁ、とからから笑うディックを、アーサーの肘が鋭く抉った。うぐっ、とくぐもった呻き声を挙げたディックに、今度はルルが指差してけらけらと笑う。
カイルとライラはそんな兄姉にいつも通りだとのんびり微笑んで、間に居座るモチの背を優しく撫でてやっていた。
そんな和気藹々とした光景にひっそりと微笑を零しながら、瑞希はマリッサに宣言した通り関係者各所へのお礼状を認めていた。何分世話になった人が多いため、テーブル面積の四分の一ほどが紙の山で埋もれてしまっている。それでもまだやっと半分書けたところで、先は長いと瑞希は強張りだした手を強めに圧して揉みほぐした。
「ママ、お手紙たくさん書いてるね」
何通あるの? といつの間にか近くに来ていたライラが瑞希の手元をのぞき込む。その空色の目が宛名を見て、きらりと一際明るい色を放った。
「せい、よう、いん……聖養院って書いてある! アンネちゃんたちのお家だ!」
「えっ⁉」
聞き留めたカイルがぴょんとウサギのように飛び上がり、小走りで瑞希の許へかけてくる。そして自分の目でも手紙の宛先を見て、きらきらと期待に満ちた目で瑞希を見上げた。
二人の言いたいことはわかっている。瑞希はそっと口元を綻ばせた。
「お昼には出しちゃうから、書くなら早くなさい」
「書く! すぐ書く!」
すばしっこいカイルが俊敏な動きで筆記具を取りに身を翻す。やや遅れて、ライラもその背を追いかけてとたとたと走っていった。
「? どうしたの、あいつら」
「グラリオートにいる二人のお友達も、スポーツドリンクの件に協力してくれててね。一緒にお手紙出したいんですって」
「ああ、そういや旅行に行ってたっけ。そっかぁ、あいつらにもちゃんと友達ができたんだなぁ」
よかったなぁ、と零すディックの声音は温かく、零れ出た微笑は慈愛に満ちていた。
そこに、自分たちの筆記具を抱えた双子が慌しい足音を立てて戻ってくる。息せき切った様子の二人にディックは先ほどまでの大人びた表情から一転して、へらりとしたいつもの笑顔に戻った。
「お前らが手紙書いてるなら、オレはモチと遊んでようかな」
「えっ? だめだよ、モチも一緒にお手紙書くんだから」
当たり前でしょ、と言いたげなカイルに、その通りとライラが頷く。言われたディックだけでなく、瑞希とアーサーも目を瞬かせた。
もふもふと足元で大人しくしているモチは、彼らが知る限りでは手紙どころかペンさえ持てないはずだ。
「膝に乗せて書くってことかしら?」
ルルの考えになるほどと思った瑞希が確認してみるが、双子はふるふると揃って首を左右に振った。それでは、どうやってモチが手紙を書くのだろうか。
大人たちが見守る中、カイルとライラがフローリングに寝転んだ。胸の下あたりに置かれた便箋に、少し不格好ながらも読める字が書き加えられていく。時折手を止めることはあったけれど、すぐに納得のいく表現が浮かんだのかまた書きつけていた。
ここまでを見ていると、特にモチが活躍することはない。
やはりモチを傍に置くための口実だったのだろうかと思い始めたところで、ようやくカイルが動きを見せた。
「モチ、お手っ」
カイルの号令に従って、モチがぴっと前足を差し出す。
大人たちはぎょっと目を剥いた。
「えっ、モチってあんなことできたの⁉」
瑞希が驚いて声を上げる。
対して、何を今更と言い放ったのはルルだった。
「できるわよ、三人で内緒で面倒見てた時に仕込んだもの。人間は動物にそういうことを仕込むんでしょう?」
何の疑いもない様子で言い切ったルルに、瑞希とアーサーは言葉を失った。勘違いの果てのこととはいえ、仕込んだ子供たちにも覚えたモチにも驚くより他にない。
三人があんぐりと口を開けて見守っていると、カイルが受け取ったモチの手にライラが指先にインクをつけて塗りだした。真っ白な毛並みとピンクの肉球が、あっという間に黒く塗りつぶされてしまう。
「よしっ」
カイルとライラは頷きあい、互いが書いた手紙にモチの前足を押し付けた。ぺちっと音がして、数秒後慎重にそれが離される。便箋には、くっきりとモチの肉球の跡が残っていた。
ライラとカイルはそれに満足そうな笑みを浮かべて、もう一枚の便箋にも同じようにモチの足跡スタンプを捺す。そしてインクが完全に乾くのを待って、満面の笑みを浮かべて瑞希たちに見せびらかすように持ってきた。
「母さん、できたよっ」
「あのね、いつもよりちょっとだけ上手に書けたの」
ほめてほめて、と自信と期待たっぷりの目で見上げてくる我が子たちに、瑞希は深く考えることをやめた。
「あら、本当ね。誤字もないし……うん、二人ともよくできました」
にっこりと笑顔で頭を撫でてやると、双子はきゃあきゃあと無邪気に擽ったそうな笑い声を上げた。
お風呂行き確定のモチが至極不服顔だったのは余談である。




