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ディックの笑顔

 マリッサの真意を測りかねたまま仕事に励み、そして迎えた昼休み。不安に耐えきれず即行で相談した瑞希に、ディックは慣れた手つきで野菜の皮を剥きながら苦笑いを浮かべた。

 二人はいま、キッチンに並び立って昼食作りに勤しんでいる。

 アーサーが子供たちの面倒を見ているため必然的に二人きりという状況が出来上がっているのだが、上がった話題が話題だからかどうにも気が抜けてしまった。それを不満に思うわけではないが満足とも言い切れない。

 ディックは行き場のないもどかしさを断ち切ろうとするように、包丁を握る手に力を込めた。

 すこん、と良い音を立ててニンジンが二つに分かれる。

 相変わらず見事な切れ味だと、ディックは兄弟弟子の逸品に満足そうに目を細めた。とん、とん、と音は続く。


 「たしかに、間違ってはいないよなぁ。オレだって『マリッサだし』って言われたら納得するし」


 まあ、なるようになるんじゃない?

 からりと気安く笑うディックに、瑞希がじっとりとした目を向けた。その手元からはじゅわじゅわと油の跳ねる小さな音がしている。


 「もう。他人事だからって、ちょっと酷いんじゃない?」

 「酷くない、酷くない。だって、あの(・・)マリッサだよ? ミズキたちが嫌がるようなこと、するわけないじゃん」


 きっぱりと言い切るディックの言葉には、旧知の仲らしい深い信頼が窺えた。その内容にも、瑞希はたしかにと同意せざるを得ない。時折突拍子も無い言動を取る御仁ではあるが気の良い人情家だと、瑞希自身重々承知しているのだ。

 けれど、やはり気になるものは気になるもの。

 フライパンに溜息を落とすわけにもいかず、瑞希が麦飯を取りに一時火元を離れる。留守を預かるように、野菜を切り終えたディックがフライパンを軽々と煽り、具材を宙に舞わせた。


 「何が起こるかわかんなくて不安になるのはわかるけどさ、人生なんてみんなそんなものでしょ。悪いようにはならないだろうし、サプライズがあるかも、くらいの気持ちで楽しんでみたら?」


 ぐう、と瑞希は押し黙った。

 歳だのを今更気にするつもりはなかったが、正直に同意したくない気持ちが沸き起こるのは何故だろう。

 八つ当たりするように瑞希がストックの麦飯をフライパンに放り込むと、じゅうじゅうという音が少し大きくなった。それをディックがしっかり混ぜ合わせて満遍なく炒め、完成したピラフを皿に盛っていく。

 その飾りにパセリを添える中、瑞希はふと聞いてみた。


 「じゃあ、ディックはその『サプライズ』を経験したことはあるの?」

 「あるよー」

 「どんなの?」

 「んー、内緒! これはミズキにも教えてあげられないね」


 にひひ、とディックが笑う。

 瑞希は一瞬、目を奪われた。


 (…………ディックも、こんな顔するのね……)


 子供扱いではないが、何故か感慨深い気持ちになった。

 照れ臭そうで、誇らしそうで、けれどほんの少し、切なそうにも見える。

 今のディックの笑顔は、そんな不思議なものだった。

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