アーサーとルル
そうして昼食を食べ終わった瑞希は、宣言通り二階の調剤室で薬作りに勤しんでいた。ディックの目も届かないこの部屋で、ルルは本領発揮とばかりに嬉々として魔法を使う。薬材を浮かせたりして次々に薬を作っていくルルの様子には、ディックには妖精が見えないと分かっていながらも、ルルなりに気を遣っていたのだと察せられた。
そんな、ごりごりと薬材を潰す音が響く中、嬉々として指を振るっていたルルがふと思い出したように瑞希に話しかけた。
「ねえミズキ、アーサーはどうしてディックに教えるばかりなのかしら」
どうして、とは? 意図を汲みきれず首を傾げる瑞希に、「だって」とルルは言葉を繋げる。
「アーサーは、アタシの目から見てもきっと強いんだってわかるのよ。なのに、どうして教えるばっかりで出願しないの?」
理解できないわ、と口を尖らせるルルは、わからないことというより、アーサーが行動に出ないことに不満を抱いているように見えた。
むー、っとしかめっ面をするルルに、瑞希は優しく目を和ませる。きっとこれは、素直になれないルルなりの、アーサーへの甘えなのだと思った。
「ルルは、アーサーに出てほしいの?」
「んー……多分? 見てみたいって気持ちはあるわね」
膝に頬杖ついて答えるルルは、言うよりもよほど強い興味を持っているらしい。魔法で薬を作りながら自分は窓辺に飛んで、裏手で剣を交える男二人の姿を見下ろした。
双子の姿が見えないことにルルは軽い落胆を覚えたが、二人がきちんと言いつけを守っている証拠だと思えばそれも解消される。
出来心でほんの少しだけ窓を開けてみると、金属のぶつかりあう音がいっそう大きく響いてきた。それだけ白熱した戦いを繰り広げている証拠だろう。
「…………武術大会のこと、アーサーに言ってみたら?」
「え、アタシが? ……やぁよ、そんなの」
瑞希の言葉にルルは一瞬考えたが、結局は首を横に振った。
瑞希が不思議そうに目を瞬かせる。
「どうして? 娘に格好良いところ見たい、って言われて張り切らない父親はいないでしょう」
「それは…………そうかも、しれないけど……」
もごもごと、ルルが口籠りながら強い躊躇いを見せる。
もしかして、恥ずかしがっているのだろうか。
「出て、とまでは言わなくても、聞くだけ聞いてみたら?」
瑞希がハードルを下げて推してみても、ルルはやはり「ない、ない」と首も手も振ってそれを拒む。
瑞希にしてみればルルがそこまでする理由の方が不可解で、「言えばいいのに……」と呟きながらできたばかりの軟膏に蓋をした。
長く話していたつもりはないが、ルルの魔法の甲斐もあって瑞希の前にはいくつもの小壷がずらりと並んでいる。二十は超えるだろうそれらはすべて、今作ったばかりの薬だ。
「これだけあれば、少なくとも今日は乗り切れそうね」
「でも、夜にまた作らなきゃいけないわね。ルル、寝る前も手伝ってもらっていい?」
お願い、と優しく頼む瑞希に、ルルが勿論だと即答する。と、本当に嬉しそうに微笑んで瑞希が礼を言ってくるものだから、ルルは擽ったい気持ちになりながら「どういたしまして」と微笑み返したのだった。




