ランチの後は
「そういえばディック、武術大会の準備は進んでるの?」
武術大会というのは、近日開催予定の国主催の催しだ。そして、ディックが参加する大会でもある。
思い出したように尋ねた瑞希に、ディックは少し気恥ずかしそうにしながら頷いて答えた。
「準備って言っても、オレん家は鍛冶屋だから、だいたいの武具は揃ってるし。予選の日までひたすら扱いてもらうつもりだよ」
最終手段として運営から借りることもできるらしいが、彼の場合は腕利きの鍛治師である父親やその弟子たちが張り切っているらしい。
「素敵なお父さんたちじゃない」
「そうかなぁ。大袈裟だと思うけど」
ディックは口では呆れたように言うが、その顔には隠しきれない喜びが滲んでいる。
「大袈裟ではなくなるように、精進すればいい。お前の家族たちが拵えた力作に相応しい使い手になれ」
「わぁーってるよ。そのためにも、この後一戦頼むよ」
「了解」
無愛想な、けれど気心知れているようなやり取りで食後の約束を取り付けた二人に、食べることに集中していたカイルがぱっと顔を上げる。
「それ、見に行ってもいい?」
「いいけど、危ないから絶対に近づくなよ?」
「わかってるよ!」
元気よく応じたカイルに、ライラがチラチラと視線を向ける。きっとライラも見に行きたいのだろう。青春ねぇ、なんて内心微笑ましく思いながら、瑞希はルルと視線を交わした。母も長姉も、思うところは一緒らしい。
「なら、ライラも行ってらっしゃい。私は調剤室に籠らないといけないし、そろそろ絵本も飽きてきちゃったでしょ?」
「! うんっ」
急に呼ばれて驚いたライラは、けれど言われたことを理解してすぐに嬉しそうにはにかんだ。
瑞希が昼食後に調剤室に籠るのは、この頃のお決まりパターンだ。
武術大会は、不定期に開かれるからか告知直後から参加者が殺到しているらしい。そしてその影響は、ほとんど間を空けずに薬屋に及んだ。なにせ名前通り武術の腕を競う大会だ。傷薬や湿布薬などはどこの薬屋でも飛ぶように売れているらしい。
もちろん《フェアリー・ファーマシー》もその例に漏れず、瑞希はルルと毎日調剤室で薬作りに奮闘していた。
「ほんと、このところずっと忙殺されてるよね。疲れ、かなり溜まってるんじゃないの?」
心配そうに眉を八の字にするディックに、大丈夫よと瑞希はからりと笑ってみせた。
「疲れてないって言ったら嘘になるけど、みんなが手伝ってくれるから大丈夫よ。それに、昔かなり叩き上げられたから根性の強さには自信があるのよ」
僅かに懐かしむ色を表情に浮かべた瑞希に、ディックは渋々と引き下がる。きっと言っても退かないと察してくれているのだろう。渋面をつくりながらも「無理はしないでよ」と小さく言い添える彼に、瑞希はこそばゆく思いながらもしっかりと頷いたのだった。




