ディックからの頼み事
瑞希がしっかり教え込んだ「いただきます」を唱和して、出来立ての昼食に口を付けた。
しっかり運動した後というだけあって、アーサーとディックの食欲はいくらか割り増しされていた。料理を口に運ぶ手は止まることを知らず、みるみるうちに料理がなくなっていく光景は見ていて小気味良かった。
しかも、こういう時は双子も触発されるのかいつもより多めに食べるので、瑞希にとっては良いこと尽くしでもあった。
のんびりと談笑しながらたらふく食べた後には、アーサー手づから淹れてくれた絶品のアイスティーで喉を潤しながらほっと食後の一息を吐いた。
その頃にはモチも食事を終えていて、至福の笑みを浮かべたルルを背に乗せて双子の許に戻り、今はてろーんと溶けたアイスのように床に伏せている。
そんな時だ。不意に、ディックが和らいでいた顔を引き締めた。
「なぁミズキ、ちょっと頼みがあるんだけど」
珍しく真剣な声に、瑞希は驚きながらもディックを見返した。彼の表情は声に相応しい真剣そのもの。よほど大切な頼みなのだろうと、自然と背筋が伸びた。
瑞希が真摯な目で続きを促すと、ディックは僅かな躊躇いを見せつつ徐に口を開く。
「しばらくの間、《フェアリー・ファーマシー》で雇ってほしいんだ」
瑞希は瞠目した。すぐ隣ではアーサーも驚きに身を強張らせている。
けれど、ディックの瞳は揺らがない。
瑞稀は一考し、まずは理由を聞くことにした。
「どうしてか、聞いても?」
「まだ確定してないんだけど、近々開催される武術大会に出場しようと思ってるんだ」
「武術大会?」
知らない行事に、瑞希が思わず繰り返す。
それを補足したのはアーサーだった。
「何年かに一度開かれる、国を挙げての催しだ。身分を問わず、腕に覚えのある者が挙って名乗りを上げて武を競う。男版の《フェスティバル》のようなものだ。まだ告知はされていないが、恐らく今年か来年あたりに開催されるだろうな」
へえ、と関心を示しながら、瑞希はようやくディックがアーサーに師事していた理由を察した。
ディックはもとより、その武術大会に参加するつもりだったのだ。
「国を挙げてってことは、規模はきっと《フェスティバル》の比ではないんでしょう?」
「うん。領ごとの予選があって、その後に王都で本選が開かれるんだ」
「なるほどねぇ……」
ディックの答えに、瑞希は納得した。予選だけならともかく、本選を目指すのであれば少なからず旅費が必要になる。装備のことも考えると、金が入り用になるのは当然のことだ。
瑞希はゆっくりと思考を噛み砕き、巡らせた。
真剣には真剣で返す。それは誰に対しても変えることのない瑞希の誠意の示し方だった。




