お楽しみは
ちょいちょい、と口許に指を当てつつ手招きする瑞希に、その意図を察したアーサーが静かに席を立つ。ごめんねと申し訳なさそうに手を合わせる瑞希に気にするなという言葉代わりの微笑を浮かべ、渡された濡れ布巾でテーブルを拭き清めて作られた料理を運び、並べていく。
今日の昼食はポークピカタと麦飯の炒飯、サツマイモとリンゴのサラダと葉野菜のスープ。アーサーとディックの要望通りの腹持ちを重視した献立だ。
子供たちはディックに構ってもらうのに夢中で気づかない。それがどうにもアーサーの悪戯心をくすぐって、気づいた時にはどんな反応を見せてくれるのかと好奇心もくすぐられた。
それは瑞希も同じようで、声にもならない吐息のような笑いを零してアーサーの悪戯に手を貸していた。
そして、最後の料理がテーブルに並べられる。
アーサーと瑞希は示し合わせたように顔を見合わせ、にっと口角を上げた。
「ほーら、お遊びはもうお終い!」
「早く来ないと、俺たちが全て食べてしまうぞ」
少しだけ声を張り上げて注意を引けば、ディックや子供たちが驚いた顔を向けてくる。一早く立ち直ったのは子供たちで、「あー!」と大きな声を上げてテーブルに走り寄った。
「もう並んでる!」
「なんでー⁉︎」
「もう、ミズキもアーサーも言ってよぉ!」
瑞希とアーサーに詰め寄って、ルルと双子がぷっくりとむくれた顔をする。自分たちのお仕事なのに、と訴える三人に、アーサーは悪戯成功と満足げに微笑した。喉奥がくつくつ鳴るのが止まらない。
「ほら、いいから早く座れ。せっかくの食事が冷めるだろう」
追いやるように椅子の方に促せば、子供たちはまだふくれっ面をしていたが大人しく席に着く。
アーサーは未だ立ち直れていないディックを見遣った。
「ディック、お前も早く座れ。動いたら食べる、でないと体が作れない」
食べるのも鍛錬のうちだ、ともっともらしく物申すアーサーに、ディックは二、三度瞬きして、それからゆるゆると立ち上がった。
瑞希はモチを抱き上げた。ルルには小さく頷きながら目を向ければ、彼女は心得たと宙を飛び瑞希の肩にとまる。
キッチンの片隅にはモチの餌と、ルルの分の昼食が既に用意してあった。
「今度、ディックの分の指輪も作ってもらおうか」
ぽつりと瑞希が呟く。
優しい手にそっと頭を撫でられて、ルルはふふふ、と柔らかく笑った。
「アタシなら大丈夫よ、気にしてないわ」
そう言って、「それに……」と言葉を繋ぐ。ルルは意味ありげな目をライラとディックに向けていた。
「今すぐって焦らなくても、いずれ成るように成ると思うわ」
だから今はこれでいーの。
楽しげなルルはきっと、その「いずれ」を今か今かと待ち望んでいるのだろう。そして、その時に思い切り驚かせてやろうと今から意気込んでいるのだろう。
ついさっきのアーサーとそっくりな企んだ顔をするルルを見つつ、瑞希はディックに少なからず同情の念を抱く。ディックが指輪を得るその時には、少しだけ--ほんの少しだけ、優しくしてあげようと決めた。
本人がそう言うならと瑞希はそれ以上言うのをやめた。代わりにルルをもう一撫でして、ついでとばかりにモチも撫でてからリビングに戻っていった。




