ほっこり
リビングに戻ると、ほんの二、三分しか経っていないはずなのに食欲をそそるいい匂いは強くなっていて、必然ディックの腹が鳴る。重なるように双子もきゅるきゅると小さな腹の虫を鳴かせてしまい、ディックたちは三人で顔を見合わせてけらけらと笑った。
双子はソファーを背もたれにしてフローリングに座り込み、ディックもそれに倣って胡座を掻く。
アーサーは一人きちんとソファーに腰掛けているのだが、悠然とした態度のように見えて目が少し寂しげだった。
初めてのモチは、双子と親しくしているからかディックに興味があるらしい。ふんふんと鼻先をひくつかせて匂いを嗅ぎ、いつで逃げられるように構えつつもそろりそろりと距離を詰める。それは正しく警戒心の強いウサギらしい姿で、双子が少し驚いた目でモチを見ていた。
「モチにもちゃんと警戒心ってあったのねぇ」
そう呟くルルの声は、しかしディックには聞こえない。
今この瞬間のモチしか知らないディックは、モチの警戒を当然のように受け入れており、むしろ驚かせないようにと泰然と構えて見守る気遣いさえ見せた。
少しずつ、少しずつ、と距離を縮めてディックにたどり着いたモチが、前足でディックの膝に触れる。つん、つん、と安全を確かめるように突いてくるのがこそばゆい。
ディックは体を揺らさないように腹筋に力を込めて何とか堪えた。
一頻り警戒し尽くしたのか、モチが安堵の息を吐くようにふすんと鼻を鳴らす。それからリラックスしたように体の力を抜いてその場に丸まった。
どうやらディックも受け入れられたらしい。
「ウサギは警戒心強いって聞いたことあるけど、本当なんだなぁ」
何も知らずしみじみと感想を口にしたディックに、子供たちもアーサーも何とも言えず、ただ曖昧な笑みがあちこちから零れた。
ディックが、そうっとモチに手を伸ばす。おっかなびっくりとしながらも手のひらを使って丸っとした背中を優しく撫でると、モチは一度ピクリと耳を動かした。けれどそれだけで、抵抗も逃げもせずされるがまま受け入れる。
ほっこりと、ディックの顔が嬉しそうに柔く綻んだ。真っ白ふわふわの毛並みにやみつきになって夢中で手を動かす彼に、ライラとカイルもぺたぺたと膝這いで近寄る。暑い暑いと唸るくせにディックの膝を枕にして懐く双子に、ディックは困り顔をしながらもいっそう嬉しそうに破顔した。
「可愛いなぁ……」
それは、至極幸せそうな声だった。
ひょっこりとキッチンから顔を覗かせた瑞希が、和やかな雰囲気に気がついて微笑ましげに目を細める。。
アーサーは内心でひどく歯嚙みしながら立ち上がりかける自分を必死に抑え、子供たちの様子を見守っていた。




