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ディックとモチと

 身支度を整え直して家に入り、アーサーの後に続いてリビングに入る。キッチンでは宣言通り瑞希が昼食を作ってくれていて、思わず喉を鳴らしてしまう良い香りが漂ってきていた。


 「ミズキ、オレも何か手伝おうか?」


 額に汗してくるくると忙しなく動く姿を見兼ねてディックが声をかけると、瑞希は意外そうにぱちくりと瞬いた。それから嬉しそうに目を細める。もともとの少女めいた容貌がいっそう際立つ笑みだった。

 大きく脈打った心臓に、落ち着けとディックは自身に言い聞かせる。


 「ありがとう。じゃあ、このデキャンターを持ってってくれる? お茶飲みながらでいいから、子供たちのこと見てて」


 はいこれグラス、とトレーごと渡されて、ディックが何を言うよりも早く瑞希は調理に戻る。薬屋で見る時とはまた違う、けれどやはりてきぱきとした動きだった。

 ディックはなんとなく納得のいかない顔でトレーを見下ろした。

 グラスにはいくつかの氷がすでに入れられていて、ここに冷えた茶を注いだら堪らないだろう。けれど言外に戦力外通告をされたような気がするのは気のせいだろうか。

 釈然としないながらも言われた通りトレーを運んでいくと、先にリビングに向かったはずのアーサーの姿が見えなかった。顔を動かして探すとボソボソと声が聞こえてきて、ひょっこりと顔を覗かせる。

 日陰になった廊下には、まんまるい白毛玉を真ん中に置いてカイルとライラが横並びに寝転んでいた。そのすぐ傍では、アーサーが気の毒そうな、けれど厳しくあろうとするような複雑な顔をしてそれらを見下ろしている。

 双子に挟まれた毛玉はひくひくと小さな鼻をひくつかせていて、初見でもそうとわかるほど暑さにうんざりした顔をしていた。

 もしかして、これが話に聞いていたモチだろうか?


 (丸いなぁ……ぬいぐるみ、いやクッションみたいだ)


 実はディックは、意外にもモチとの遭遇はこれが初めてだった。


 「ほんとに寝っ転がってるんだぁ」


 聞いた通りだ、と笑いつつ指摘すると、双子の水色の瞳がぼんやりとディックを見た。


 「ぅあ……おにーちゃんだぁ」

 「にーちゃぁ……」


 冷たい床に魅了された舌足らずな声で呼ばれて、はいはいと軽く応じる。暑い暑いと双子が頻りに唸るので「そうだなぁ」と適当に相槌を打ちながら手扇で煽ってやると、二人の顔が少しだけ和らいだ。


 「そんなに暑いなら水浴びてきたらいいじゃん」

 「動きたくない……」


 息するだけでも暑くなる、とまで言うカイルに、ディックは困ったように苦笑した。


 「リビングに冷たい茶があるからさ、それ飲んだら少しはすっきりすると思うよ」


 一緒にお茶しない? とは典型的なナンパのお誘いだが、兄貴分と慕うディックからともなれば少し違う。

 行きたい、お茶したい、でも動きたくない、冷たい床に張り付いていたい、という葛藤に、双子がうにゃうにゃと言葉ともつかない鳴き声を上げた。

 結果としては、ディックへの好意に軍配が上がったらしい。双子はのそのそむくり、といかにも名残惜しそうに体を起こして、辿々しい足取りでリビングに向かった。

 その後を毛玉と化していたモチがぽてぽてとついていく。こちらの方が足取りがしっかりしていた。


 「ほら、アーサーも。あんたの分のグラスも渡されてるんだから」


 双子に対してとは違うつっけんどんな物言いに、アーサーが無表情で頷く。

 ぞろぞろと足を踏み入れたリビングに、何処からともなく風が入り込む。

 その風の正体を知らないまま、ディックは心地よさそうに目を細めた。

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