気安い関係
「二人とも、お疲れ様。こんなに暑いのに、精が出るわね」
「まあね。でも、まだまだ足りないんだ」
「足りない?」
不思議な言い方をする、と瑞希はディックを見上げた。
だがディックは説明するつもりが無いのか瑞希の視線に気付かなかったのか、コップに口を付けて素知らぬふりをしている。
ますます気になって尋ねようとした時、アーサーが瑞希に声をかけた。
「子供たちは?」
「リビング……いえ、ほとんど廊下ね。いつもみたいに寝転んで、暑い暑いって唸り声を上げてるわ」
不満そうに答えた瑞希に、アーサーは慣れた様子で「そうか」とだけ返した。
「二人とも、お風呂いつでも入れるけど、先に入る?」
「いや、いいよ、大丈夫。水浴びするから」
「だな。この暑さで風呂は逆上せそうだ」
「じゃあ後でタオル持っていくわね」
瑞希はなるほどと納得して、それから思い出したようにディックを見上げた。
「ディック、お昼食べてくでしょう? 何か食べたいものはある?」
「え? ぁー、うん。お邪魔させてもらうよ。できれば腹持ちするやつがいいなぁ。もう腹ペコなんだ」
当然のように言われ問われてディックは断る理由もないため素直に相伴にあずかることを決めた。こんな気安いやり取りには最早慣れてしまって、正直者な腹の虫は今にも空腹に喚きそうになっている。
「アーサーは? 何か食べたいものはある?」
「昨日は魚だったから……肉がいいな」
極端な答えに、瑞希と聞いていたディックは思わず噴き出した。ディックは何がツボにはまったのか肩まで揺らしている。
アーサーが一睨みするとディックは「おっと!」とわざとらしく慄いて、観念したように両手を上げた。
そんな気安いやり取りに、瑞希が微笑ましげに頰を緩める。
アーサーは未だ憮然としていたが睨むのをやめて、気を取り直すようにスポーツドリンクを煽った。
瑞希はタオルを取りに行くと言い置いて、また家に入った。
アーサーとディックは井戸に向かい、汲みたての冷たい水を頭から浴びる。火照った体が急激に冷やされて、吹き抜ける風がさらに余分な熱を奪ったがまだ足りない。二度、三度と続けて水をかぶった。
濡れて顔にまとわりつく髪に、ディックは犬のように頭を振って退ける。隣を見ると、アーサーは煩しげに前髪を掻き上げていた。
ぽたぽたと毛先から滴る水が彼の首筋を伝う。白いシャツは肌に張り付き、皮膚の色と体の線をほのかに浮き上がらせていた。
目に毒だな、と同性ながらにディックは思った。ミズキはともかく、街の娘たちが見たら黄色い声が上がりそうだ、とも。
思っていたよりもまじまじと見てしまっていたのか、ディックの視線に気がついたアーサーが訝しげに眉間を寄せた。
「……なんだ?」
「いんや、なぁーんにも。ただ、かなり力強いのにオレとそんなに体格変わんないんだなーって思っただけ」
当たり障りのない言い訳を口にすると、アーサーは訝ることもなく、そうかとすんなり引き下がる。さして興味がないのかと思えばそうでもないらしく、少し浮ついた目で自分の体を見直していた。
そこに宣言通りにタオルと、着替えまで持って瑞希がやってきた。
「はい、これ。私はお昼作りに戻るから、二人もすっきりしたら戻ってきてね」
ぽん、ぽん、とそれぞれに渡すものを渡して、瑞希はあっさりともと来た道を辿っていく。
あまりに呆気ない引き際に、さすがミズキ、とディックは妙に感服したのだった。




