知らなかった二人
いくら短い距離とはいえ外を歩くのはさしもの瑞希も気が乗らず、裏口に足を向ける。少し横着だろうかと気が咎めるが、陽の当たらない廊下でさえ汗が止まらないのだ。外の暑さなど言うまでもない。
裏口を開けると、むわりと熱気が瑞希を襲った。瞬間、外気に触れたところから汗が噴き出す。こめかみから汗が伝った。
日陰でもこの暑さか、と思わず辟易した声が口から出る。
ガンガンと強く打ち合う大きな音。引き寄せられるようにそちらを見れば、アーサーとディックが激しく迫り合っていた。
使っているのは木刀だとわかっているのに、まるで真剣同士の鍔迫り合いが如き迫力が瑞稀を圧倒する。
疾風さえ凌ぐ激しい斬撃。
両者の目は一瞬たりとも互いから逸らされることはなく、昂揚の火が瞳の奥底で激しく燃えていた。
離れては地を蹴り、二振りの木刀が幾度となく交じり合う。刹那、散る火花を見た気がした。
ディックの木刀がアーサーの足許を横薙ぎに一閃する。
アーサーは高く跳躍した。重力さえも味方につけて、己が得物を渾身の力で振り下ろす。
ディックは素早く避け、間を置かず正面から斬りかかった。
(すごい……)
剣戟の音が響き渡る中、瑞希は暑ささえ忘れて魅入っていた。
かけるはずの声は出ず、動かすはずの足は縫いとめられたかのように動かない。すべての意識が奪われた。
アーサーとディックは瑞希に気づく様子もなく、八重歯まで剥き出しにして全力でぶつかり合っている。
少し前の稽古の時とも違う真剣勝負。
怒涛の勢いで繰り広げられる応酬を、それでも恐ろしいとは思わなかった。荒々しい中に、それでも一本筋の通った何かが感じられた。
今の彼らは、瑞希が知らなかった二人だ。あるいは、知らされなかった二人。
疎外されたとは思わない。けれど、決定的な違いを見せつけられた気分だった。声をかければ振り向いてくれるとわかっているのに、どうしようもなく彼らが遠い存在のように感じてしまう。
けれど、不思議と寂しさは感じなかった。未来に向かって邁進するその姿に、自分もそうありたいと強く願う。
その気持ちは憧れに似ているようで、けれど少し違っていた。
それからもどのくらい魅入っていたのか。不意に一際大きく響いた鈍い音に、瑞稀ははっと我に帰った。
二人の構えた木刀は苛烈な打ち合いに耐え切れず折れてしまっている。
勝敗はつかなかったが、これで一度打ち止めだ。
「アーサー、ディック」
僅かに強張りの残った声で二人を呼んだ。
彼らは滝のように汗を流し、肩で息しながら瑞希を見る。その目は僅かに丸くなっていて、驚いていることが一目でわかった。
瑞希が置かれていたコップに持参したスポーツドリンクを注ぐ。何はともあれ水分補給とそれらを渡せば、二人はごくごくと大きく喉骨を動かして一息で飲み干した。
空になったコップに瑞希がもう一杯とおかわりを注ぐ。
二杯目を飲み終わった時には、二人は満足そうに一息吐いた。まだ息は荒いが、面持ちがややすっきりしている。しかし汗はまだ収まる気配を見せず、念のためと瑞希はまたスポーツドリンクを注いだ。




