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経過

 「いらっしゃいませ!」

 「ちびちゃん、悪いけどおかわりもらえるかい?」

 「アーサー、スポーツドリンクが品切れそうよ。化粧水も少なくなってきてるわ」

 「わかった。すぐに補充する」

 「お会計、七百二十デイルです。ーーありがとうございます。ちょうど、頂戴致します」


 薬屋 《フェアリー・ファーマシー》には、今日も多くの人の声が溢れていた。

 夏の日差しが一日二日で和らぐはずもなく、むしろ太陽は今が盛りとばかりに燦々と地上を灼きつけ、じわじわと気温を上げていく。

 つい先日ようやく降った雨に人々はほっと安堵の息を吐いたが、それも束の間のこと。一時間としないうちに止んでしまい、名残のようにできた水溜りはそれよりも早い時間で乾涸(ひから)びてしまった。

 日ごと暑さが増しているような気さえして、人々は少しでも熱から逃れようと物陰に籠り、熱気に揺らめく石畳に忌々しげな目を向けていた。

 一向に衰える気配のない猛暑に、《フェアリー・ファーマシー》ではもちろんのこと、街や協力関係にある他所の薬屋でもスポーツドリンクは前にも増して売れていた。一つの地域に一つの値段という売り方は購入者側にとって「どこでも気軽に買える」という安心感があるようだ。店によっての味の差が少なく、もともとの値段がお手頃なこともあって、ついつい財布の紐が緩むらしい。

 また、是非自分の店でも売らせてほしいと申し出てくれる薬屋も順調に増えてきており、近頃では他領からも作り方を聞きにくる薬屋がちらほらと出てきた。街の薬屋の方が近いだろうにわざわざ瑞希の許まで訪ねてくる人もいて、瑞希はその度に柔和な笑みを湛えて、他の協力者たちと同じようにスポーツドリンクについて説明した。

 そんな風に毎日を忙しく過ごしていれば時間が経つのはあっという間で、小旅行に行ってから気がつくと一週間が経っていた。

 まだ一週間と捉えるべきか、もう一週間と捉えるべきか。

 体感的にはやっと訪れた定休日だと瑞稀は思った。

 けれどそんな貴重な休みさえ、太陽はちっとも容赦してくれない。

 瑞希はわざとむっとした顔を作り、足許を見下ろした。


 「まぁたこんな所に寝転んで。そんなに暑いなら、外で水浴びでもしてきたら?」

 「やぁだぁ……お外暑いぃ〜……」


 ふにゃふにゃと芯のない返答に、困ったものだと瑞稀が嘆息する。

 ぺっとりと床に懐くモチの真似をしてフローリングにへばりつく子供たちを、もう何度見ただろう。瑞希さえ内心そうしたい気持ちは山々あるのだが、叱る大人が自分を律せなくては示しがつかない。ひんやりとした木の板に心惹かれながらも、大人としての自制心で以って何とか堪えていた。

 一方で、アーサーはこんなに暑いというのに、家の裏の広い物陰でディックの指南に励んでいる。店で使うデキャンターにたっぷりとスポーツドリンクを注いで持たせはしたが、それもそろそろ無くなっているかもしれない。


 「私、ちょっと裏に行ってくるわね」

 「はぁ〜い……」

 「いってらっしゃぁ〜い……」


 気怠げに小さな手が持ち上げられ、へろへろと左右に揺れる。

 気のない見送りもあったものだと、呆れたように瑞希は肩を竦め、踵を返したのだった。

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