長老と瑞希
冬でもないのに焚き火をして、魚の干物をこんがり炙る。水分が抜けて凝縮された魚の匂いが広場中に広がって、夕飯前だった瑞希たちはとにかく食欲を唆られた。
一口食めば濃厚な魚の旨味が広がって、干しているのに脂がじゅわりと溢れ出た。醤油や塩がなくとも十分美味しいそれと麦ご飯のおにぎりの相性が良いことはわかっていたが、ロールパンや堅焼きのカナッペと合わせてみてもまた違った美味しさがあるものだから、食べる口と手はもう止まらない。
「美味し〜っ」
「お店で食べたのとはちょっと違うね」
口の周りを煤や脂で汚して喋る双子に、あーあとルルが苦笑を滲ませる。仕方のない子たちねぇ、なんて嘯きながら綺麗にしてあげるところはさすがに姉らしい。
自立精神たっぷりな長女に、瑞希は内心で拍手を送った。
その隣では、モチがしゃくしゃくと野草に舌鼓を打っている。まんまるボディも納得の見事な食べっぷりに、面白がった集落の妖精たちがいろんな草を持ってきてモチに与えてくれたのだ。
アーサーは酒を好む年嵩の妖精たちとともに酒を酌み交わしている。グラリオートで一滴も酒を飲んでいなかったことが知られ、ならばぜひ一緒にと酒盛りに引き込まれたのだ。
瑞希にも例の如くお誘いがあったのだが、明日も店があるからと丁重に固辞した。
その結果、アーサーはほろ酔いの妖精たちに囲まれながら干物や燻製を肴にして黙々と酒杯を傾けているのだ。瑞希が知るだけでも、もう三、四杯は飲んでいるだろうか。
明日に響かなければいいけれど、と心配しながら、念のため二日酔いの薬を渡しておくことを決めた。
「ミズキ、楽しんでおるかの?」
「長老。ええ、楽しんでますよ」
ひょっこりと何処からともなく現れた長老は、「そうかそうか」と言いながらモチの上に腰を下ろした。綺麗にされた真っ白な髭を撫でつけて、にこにこと笑んだ目が瑞希に向けられる。
それから、つい、と長老の目が動いた。視線の先には、集落の妖精たちと談笑する子供たちの姿がある。
「あの子たちも、随分と成長したのぉ。ほんのちょっと顔を見ないうちに、子供はどんどん成長していく」
「それを見守るのが大人の役割で、楽しみでしょう」
「なるほど、違いない」
くつくつと笑う長老の声には過去を懐かしむような、それでいて、未来を期待するような響きがあった。
「無理は、しとらんじゃろうな?」
「はい、もちろん。毎日忙しいですけど、それさえも楽しいんです」
瑞希の答えに、長老がそれで良いと満足そうに笑みを浮かべる。
多くを言わないこの関係は、瑞希にとってひどく好ましいものだ。無関心とは全く違う、信頼しているからこその不干渉。それがわかっているから、揺らがないでいられる。
長老の小さな手が、くいっと酒を煽った。月影を映していた水面が消えて、酒杯の底が姿を表す。
瑞希はきょろきょろと顔を動かし、見つけたものを手に取った。
「もし良ければ、ぜひ一献注がせてください」
「ほっほっ。願ってもないことじゃ」
ゆるく相好を崩した長老が瑞希に酒杯を差し出した。とくとくと音を立てて注がれていく酒を愛しそうに見つめる。
真っ白な髭に埋まった口が、酒杯の縁につけられる。じっくりと味わうように口の中に含んで、長老はほうっと一息吐いた。
「今宵の酒は、また格別じゃのぉ」
そうして、集落の夜は更けていった。




