瑞希という人
カイルとライラはディックに誘われるまま、休憩所に移動した。座ってて良いよ、という言葉に甘えて二人並んでソファに腰掛ける。ルルは二人の間の背もたれに座った。
ディックが運んできたグラスは三つ。ぷかりと氷の浮かんだそれはスポーツドリンクだ。
鍛冶は火も扱う力仕事なのでその分多く汗を掻くため、重宝しているのだそうだ。おかげでこの暑さの中でも熱や脱水で倒れる鍛冶師が例年より少ないらしく、ディックがミズキ様々だと嬉しそうにしていた。
「ママ、きっと喜ぶよ。帰ったら伝えるね」
「頼むよ。それと、《フェアリー・ファーマシー》の評判も上がり調子みたいだってことも言っといて」
ほんとに凄いから、と勿体振りながら、ディックは先日訪れた役所で見聞きしたことを思い出した。
炭酸ジュースは見込み通り観光客に、スポーツドリンクは老若男女問わずに大きく売れている。その売り上げは商売の盛んなこの街でも異例の記録を叩き出し、特に特産物として登録されている炭酸ジュースは夏が売り時ということもあって、今後の新たな宣伝戦略に自治会は大盛り上がりしていた。
また、瑞希が広く普及を願ったスポーツドリンクも、炭酸ジュースよりかは勢いは下火だがじわじわと確実にその販売範囲を拡大している。今年の異常な暑さに危機感を覚える者が多く何処の町医者も引っ張りだこになっているため、人々が熱中症や脱水症状への予防に積極的に動いたことが主な要因だ。
加えて、薬屋にとっても販売価格の制限だけでレシピ料等の支払いが無いことから手を伸ばしやすかったらしい。街周辺の薬屋には完全に根付き、話を聞きつけた領吏が街役場を訪れたという噂も立っている。真偽の程は定かではないが、火のないところに煙は立たぬと言うように、遅かれ早かれそうなるだろう。この調子でそろそろ評判が王都にまで届くのでは、と予想する者も少なくなかった。
次々と語られる母の活躍に、双子だけでなくルルまで開いた口が塞がらない。母の、《フェアリー・ファーマシー》の人気振りは身を以って知っていたつもりだったが、その認識はまだ浅かったようだ。
「こうして聞くと、ミズキって凄いのねぇ」
ルルが他人事のように呟いた。ロバートといい、今日は身近な人の知らなかった一面を多く知る日だ。
ふと、言葉を発さない弟妹を不思議に思ってちらりと目を遣れば、双子は放心していたが、その目にはロバートの時と同じ--いや、それよりも強い色が浮かべていた。
「ねえ兄ちゃん、兄ちゃんから見た母さんってどんな人?」
カイルが問う。
ディックは一度瞬きして、穏やかな声で答えた。
「ただ優しいだけじゃない、理想のために努力を惜しまない格好良い人かな」
だから、惹かれてやまない。脳裏にその人の姿を思い浮かべながら、ディックは切なく疼く胸に気づかない振りをした。




