またね
中天近くにいた太陽が西日になり空が茜色に染まってきた頃、アーサーが馬車の御者台に乗り帰ってきた。その隣では手綱を握るスティーブンが、見つけたと安堵の笑みを浮かべている。
燻製は座席の下に詰め込んでは密室に臭気が充満するため袋に詰めてまとめてもらい、馬車の屋根に紐を通して吊るすことにした。また幾つかは御者席の下にもある収納スペースに入れてもらうことになった。
アーサーとスティーブンが燻製を詰め込んでいる間に、カイルとライラが聖養院の子供たちとお別れの挨拶をする。
別れを惜しんで愚図るかという懸念は杞憂に終わった。
むしろ駄々をこねたのは聖養院の子供たちだ。何かの弾みでカイルたちが読み書きが出来ると知ったらしく、院長や職員に教えてほしいとせがんで彼らを驚かせていた。
「急にどうしたの? 今までお勉強嫌がってたのに」
「カイルたちに手紙書きたいの! それに、カイルたちのお母さんは、遠くのお友達とやってるんだって。オレたちもやりたい!」
思わぬ飛び火に見舞われて、瑞希は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。え、と声を上げるけれども興奮しきった子供たちの耳には届かない。教えて、お願い、と繰り返される訴えに、院長ははいはいとあしらうように承諾した。
「わかりました、教えます」
「ほんとにっ?」
「ええ。でもその代わり、ちゃんと真面目に勉強するんですよ?」
あなたたちから言い出したのだから、と念を押す院長に、子供たちは真っ向から頷いて答える。対抗意識さえ滲ませる彼らの様子に、良い刺激を得たらしいと院長は嬉しく思った。
「こういうことで、お手紙は大分分厚くなりそうです」
「心待ちにしてますね」
微笑みを湛えて答えた瑞希に、アーサーから声がかかる。どうやら荷が積み終わったらしい。
とんと瑞希に背を押されて、促されるまま双子がくしゃりと笑う。
「あのね、すごく楽しかった。だから、みんな、また遊んでね」
「手紙、待ってるから!」
ばいばい、と大きく手を振ってから、振り切るように小さな体が馬車に飛び込む。その背中を追うように、またねと見送る声が上がった。
瑞希は院長に向き直り、丁寧に腰を折る。
「それでは、お邪魔致しました」
「是非またいらしてね」
また一緒にお茶をしましょう、という柔らかな誘い文句に、瑞希は是非と花のような笑みで応えた。
瑞希が乗り込むと、馬車の中ではカイルとライラが二人してモチを抱き抱え、涙が滲むの必死に堪えようとしていた。強がりも限界だったらしい。ぐずっ、と何度となく鼻を鳴らす双子に、ルルは仕方ないわねと嘯きながらせっせと二人を撫で、モチはオロオロと左右を見比べている。
瑞希は困ったような笑顔を浮かべ、そっと手を伸ばした。擦り寄る子供たちに、大丈夫よと優しく囁く。
「手紙を交換するんでしょう? これでさよならじゃないわ」
「そうよそうよ。配達屋さんが遅くても、アーサーに頼めばきっとすぐに届けてくれるわ!」
ルルの言葉に、今度はアーサーが豆鉄砲を食らった鳩になる。
「…………まあ、吝かではないな」
「それってどっちなのぉ〜っ」
「やる。やるからそれ以上泣かないでくれ」
食い気味に心底困った顔で請うアーサーに、絶対だからねとカイルはまだ泣きながら言質を取る。
なんともシュールな絵面に、瑞希とルルは堪らず吹き出した。
ゆっくりと、とうとう馬車が動き出す。
子供たちが泣き疲れて眠るまで、アーサーがひたすらに困惑し尽くしたことは言うまでもない。




