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木陰にて

 思う存分遊びに打ち込む子供たちを、木陰に腰を下ろして穏やかに見守る。

 瑞希の傍に、アーサーとルルの影は無い。馬車で待つスティーブンに迎えに来てもらおうとした時、人の往来が激しい中を女の身で行くのは、とアーサーが名乗り出てくれたのだ。市街地奥の入り組んだ所にあるこの場所まではさすがに初見で往復するのは厳しいだろうと、ルルがサポートに着いてくれている。

 ようやくと言うべきか少しずつ傾きだした太陽は依然として地上を照りつけているが、真昼よりは弱まった陽射しに子供たちが負けることはない。備蓄されていた柑橘類を使って作ったスポーツドリンクでしっかり水分補給もさせて熱中症予防もした。


 「自分と同じくらいなのに、ミズキさんは物知りですね」


 羨ましい、と純粋な好意から言ってくれる職員に、瑞希はころりと笑んだ。


 「私、もう三十なんですよ」


 悪戯っぽく返すと、職員は瑞希の予想通り大きく目を見開いて、驚きの悲鳴を上げた。騒々しいと院長から軽い叱責を受けて首を竦めた彼に、瑞希は目を細め品良く口元を隠した。


 「薬屋をなさっているのでしたね。ご家業ですか?」

 「いいえ。薬に携わる前は、この国ではありませんが教鞭を取っていました」


 院長と職員が声もなく瞠目する。教職を名誉職とするからこその反応に、瑞希は何とも言えず曖昧な表情を作った。

 それを見て、いち早く我に返った院長が深く立ち入るべきではないと早々に区切りを付ける。けれど、ふと思った疑問が我知らず口を突いた。


 「今のお仕事は、楽しいですか?」


 問われて、予想外の質問に瑞希はぱちりと大きな目を瞬かせた。丸い黒目が不思議そうに院長を見る。失言だったかと院長が悔やみかけたところで、瑞希はふんわりと笑んで目を伏せた。


 「……ええ、とても。それに、本当に幸せなんです」


 唄うような噛み締めるような声に、院長の緊張が和らぐ。安らかな微笑みは少女がするには幾分か大人びたもので、見る者に正しく瑞希の年甲斐を感じさせた。


 「貴女は、本当に母なのですね」


 眩しいのに、目が逸らせなくなる。内側から滲み出る引力に、院長は心からの賞賛を贈った。


 「ねえ、ミズキさん。もしお別れしても、お手紙を書いてもいいかしら」


 唐突な院長の問いかけに、瑞希は何を今更とくすくす笑った。


 「もちろん、大歓迎です。せっかく連絡先を交換したのに、それっきりだなんてあんまりですよ」


 言われて、そういえばと院長は思い出した。そして、ふふふと少し若返ったような声で笑う。


 「文通なんて、何十年ぶりかしら。何を書こうか迷ってしまうわね」

 「そうなんですか? 実は、私は春から外国のお友達としているんです。遠いのでどうしても時差ができますけど、それも楽しみの一つなんですよ」


 喜色に口元を綻ばせ、脳裏に思い描くのは遠方の友人の姿だ。先の手紙には、鬱陶しい梅雨への不満が連綿と綴られていた。見当違いの勘違いに悋気(りんき)していた彼女は、打ち解けてみれば裏表のない性格で付き合うのが楽しい人物だったのだ。


 「素敵な楽しみね」


 院長はいよいよ少女めいた笑い声を零した。誰かとこんなに心安く接するなんて、久しく無かったことだ。


 「なら、私は子供たちのことを話題にしようかしら。子供の成長はあっという間ですもの」

 「あら、子供自慢なら負けませんよ?」


 冗談めかした瑞希の言葉に、とうとう院長は声を上げて大きく笑った。

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