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決定打

 「初めから、こういうお積りだったんですか?」


 苦笑する院長に、瑞希は否と首を振った。

 話を持ち出せたのは、単に都合が良かったからだ。

 アンネから聖養院の話を聞いて、決して余裕のある経営状況ではないだろうことは予想していた。瑞希が勤めてきた学校も似たようなものだったから想像に難くなかったのだ。

 そして実際自分の目で見てそれを確信した。

 けれどそれだけだったら、瑞希は行動を起こすことはなかった。たとえ初期費用だけだとしても、もし瑞希が支援すればそれは差別になってしまう。信頼や信用の上で取り得た協力を、個人的な感情だけで無碍にすることはできない。

 だから瑞希は商品価値がある燻製を購入する形で、資本金を渡したのだ。商いの結果として得た利益ならどう使おうと自由だから。

 悪びれもしない瑞希の言葉に、院長だけでなくアーサーも苦笑を禁じ得なかった。


 「ミズキは敵に回したくないな」

 「なぁに、それ。酷い言い草ね」


 つんと口先を尖らせて拗ねてみせる瑞希は女性というよりは少女のようで、先ほどまで院長と交渉していた人物とは到底思えない。

 困ったようなアーサーと院長に瑞希はますます不機嫌そうになり、ルルはさもおかしいと声を上げて笑った。


 「やっぱりミズキの傍は面白いことがいっぱいねっ」

 「ん、もう……」


 ルルまで酷いわ、という瑞希の呟きは、本人の耳にしか届かなかった。


 「あ! パパ、ママーっ!」


 表の広場に出ると、目敏く瑞希たちを見つけたライラが助走をつけて飛びついてきた。瑞希はそれを受け止めるも、思いの外勢いが強く、数歩たたらを踏んだところでアーサーに支えられる。ライラにしては珍しいお転婆な行動に家族三人で目を剥いたが、当の本人は母の腕の中できゃらきゃらと可愛らしい笑い声を上げていた。

 追撃するように、今度はカイルが「えいっ!」と掛け声とともにアーサー目掛けて体当たり宛らの勢いで抱きついた。さすがと言うべきか、アーサーはすかさず体勢を整え突撃の衝撃を受け切っただけでなく、いかにも余裕そうにカイルを抱き上げる。


 「どうしたカイル、ずいぶんとやんちゃだな?」

 「えへへ、ごめんなさぁい」


 口ではそう言うけれど、カイルに反省した様子は見受けられない。アーサーはやれやれと仄かに苦笑って、抱えたカイルの頬をむにむにと弄った。それを羨ましそうな目でライラが見るので、瑞希とルルでそのまろい頬を擽るように撫でる。


 「とっても仲がよろしいのですね」


 まるで自分のことのように嬉しそうな院長に、人前だと思い出した大人二人が目礼する。抱きしめられたままの双子は、むしろ自慢げに肯定を返した。

 それがますます微笑ましいと院長の笑みが深くなる。

 ふと、双子が不思議そうに小さな鼻をくんくんと鳴らした。


 「あれ? ママたち、なんか煙たいね?」

 「燻製を見せて貰っていたからな。臭いが移ったんだろう」

 「美味しそうにできてたわよ」

 「やった、楽しみ!」


 嬉しそうな金髪の双子を、慈しみを込めた面差しと手で愛でる。

 もう少し遊んでおいでと優しく促されて、双子は素直に子供たちの輪の中へ飛び込んでいく。そして溢れたいくつもの笑顔に瑞希が変わらぬ慈愛の目を向けているのを見て、院長は静かに悟った。この笑顔こそが、彼女を動かすに至った決定打なのだろう、と。

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